誰がための物語り
曙山葵
第1話
そいつは四月の教室を裂く彗星だった。
澄ました表情で入ってきてすぐ、その風をそのまま形にしたような透き通った色の髪に、あたし達全員の視線はからめとられた。
新しい黒板をバックに新しい担任が言う。
「皆さん、始業式お疲れ様。改めて進級おめでとうございます。今日から二年生ですね」
先生は面白くない話をつらつら垂れて、生徒達の退屈の膨らみがはち切れそうになってやっと、みんなが気になっている話題の火蓋を落とす。
「さて、進級早々ですが、今日からこの学年に加わる新しい仲間を紹介します」
ハーフ?と誰かが言った。先生の隣に立つ少女を指した言葉なのは誰の耳にも明らかだ。それを皮切りに、女子を中心としたひそひそ声が広がっていく。
「きれい」「顔ちっちゃいね」「目、」
こちらを真っすぐ向いた、そのすらりとした少女の顔を直視して、あたしの心臓はどきりと跳ねた。
そいつの眼のにぶいアイスブルーに、教室中の視線は矢となって向かう。
「はいはい、静かに!汐崎さん、挨拶して」
「はじめまして、汐崎ジェナです。よろしく」
不思議な響きの名前だった。その持ち主はわずかに笑みをたたえて言うが早いがスタスタとこちらへ向かってきて、空いた席へ着席する。再び教室が色めき立ちながらそいつを眺めるが、しかしそいつは至って平然として、見下ろすような余裕すら見える。
それから投げられた質問によると、奴は東京から来た。お母さんがアメリカ人である。彼氏:無し。
そいつは妙に大人っぽかった。バカな男子に「彼氏いますか!?」って聞かれても顔色一つ変えないのだ。本当にあたし達と同じ中二ですか?
前の席で幼馴染の結乃に「キリはなんも訊かないの?」って言われたけど、何か訊く気にはならなかった。
そいつのくゆらせる特別な空気に、あたしは既に近寄りがたさを感じていたんだと思う。
ほらまた、「趣味とかあるの?」って誰かが訊いてる。あたしはその問いの答えも、たくさんある汐崎ジェナプロフィールズの一つとして流すつもりだった、のに。
間が空いた。まるで好きな人の名前を答える前のように、照れくさそうに嬉しそうにはにかんで。
転校生の女は、なんと、こう答える。
「あるよ。
小説を書くこと」
あたしの耳はダンボになった。
最初に強烈な苛立ちが心臓を裂いた。それが棘になり、体を貫通し、濁流のようにあいつへ向かっていく。でもあいつを刺そうとしても弾かれる、そして相も変わらずあの笑いを浮かべてこちらを見る、青色の眼……。
本当に弾かれたようにあたしは冷静に帰った。状況を数える。
やだなーあたしったら。頭ぽりぽり。被害妄想癖つよ〜、同じ趣味ってことじゃん。話が合いそうだし、友達になれたら楽しいんじゃ、
そんなわけあるか。頭を振る。
奪われる。
きれいな、都会から来た転校生。登場10分で既にみんなの憧れを捕まえている転校生。そいつが小説を書くですって?
腹の奥でかあああああっと熱がせり上がる。視界がぐらぐら霞んでいく。これまでのあいつの人生を想像してみる。爪を立てたくなるような薔薇色に違いないのだ。
冗談じゃない。取るな。あんたみたいな何もしなくても周りからちやほやしてもらえる奴が、絶対的な個性のある奴が、なんもないあたしの一つだけの価値を、
「え!うちのキリもね、小説書くんだよ〜」
デカい声で自分の名前が聞こえて、横から張り手を食らったように体が跳ねた。
結乃、今日ばかりは黙れ!!結乃が椅子をこっちに傾けてあたしの肩に手を置く。
不意打ちだ。フィルムの中の映画へ不思議な力で引きずり込まれたように、外から見てた“クラスの中心”っていうステージ上へ乗せられた。机の下で握った拳に冷や汗を滲ませていると、転校生は体を曲げてこっちを向きやがり、クラスメイトの視線も一緒にあたしへ動く。そいつは興味深そうにあたしを一瞥すると、
「ほんとう?君、何て名前なの?」
と、華やかに笑んだ。
何だ、良い子じゃん。バカ桐、やっぱり敵対視するには早いじゃないか。
顔を上げたあたしはいつもの明るくて友好的な笑顔を引っ張り出し、装着する。
「はじめまして、深山桐だよ」
桐羨ましいわ〜共通の趣味とか。深山さん小説上手いよね。
「でもさ、うちも深山さんの読者の身であれだけど。
汐崎さんの方が上手そう。見るからに頭よさそうじゃん」
頭が凍る音がきこえる。
前言撤回。誰かのその一言だけで突きつけられるには十分だった。
やっぱり、あたしはこの転校生と友達なんかになれはしない。
「深山さん。よろしくね」
あたしがそいつの挨拶に応えなかったことは、誰にも記憶されることなくクラスの喧騒へ溶けていった。
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