第19話 10日目(日中)

 夜が明けたが、状況は変わらない。ある意味平和だな。この平和がいつまで続くのかは分からないが。

 それでも出来る事として、一定方向に強い風を起こし続ける魔法の杖(消耗品タイプ)を作って船の帆を張り、魔法だが風の力も使って移動速度を上げる事にした。重ね掛けする事で効果時間を延長する方を作ったから、とりあえず杖で5本分を一気に使っておく。日中ぐらいは持つだろう。

 結界を張ってあるので元々船にしては揺れなかったが、一定方向に同じ速度で進み続けるからか、更に揺れが少なくなった気がする。作業がはかどるな。まぁどれだけ効果があるかは分からない作業だが。


「少なくとも、やらないよりははるかにマシだとは思いたいな」


 役に立たないよりは役に立った方がいい。が、この備えが空ぶるのが一番いい。それでも用意しておかないと、その最悪の事態が起こった時になすすべなく海の藻屑になるしかないから、こうして用意をしているだけで。用意をしていても船諸共一発で沈められる可能性もあるから気が重いだけで。

 なお実際にやっている用意っていうのは、消耗品タイプの杖を作る事だ。樹皮をはがした世界樹の枝を持ちやすい大きさにして、その先端に一番いい所を取り出した後の水竜の角の欠片と疑似魔石をはめ込んで、全体の形を整えてからナイフの先端で魔法陣みたいな模様を彫り込む。

 この魔法陣みたいな模様が魔法を決める部分な訳だが、実はここの判定がかなりシビアだったりする。曲がったり削り過ぎたりした場合の許容値が小さいというか、まぁ精度が必要な作業なんだ。なおかつ、割と簡単にオリジナルのものに入れ替える事が出来るから、正直ここだけは管理運営者の雑さに助けられたな。


「プリセットそのままで良かった。流石にオリジナル模様を1から手探りしてる余裕はないし」


 ちなみにネット上には「魔法模様生成メーカー」みたいなものが何種類もあるから、それのどれかを使われた時点で魔法の杖は作れなかっただろう。少なくともこっちの、消耗品タイプの方は。

 その場合森を切り開いて小屋を作る事も出来なかったんだから、かなり厳しかったのは間違いないな。結界の魔道具を修理している余裕もあったかどうか。何なら夜になって飛んでくる危険生物に襲われて、その時点で致命傷ぐらいは負ってたかもしれない。

 というか、結界の魔道具が無ければ水竜が飛んできた時にどうしようもなくなってるな。つまりあそこで詰んでた。本当に殺意が高い。生け捕りにする必要があるなら妙だなと思うところだが、アバターロストが発生すればいいならこの殺意でも問題は無いんだろう。


「まぁ本当にそんな細工が出来たとして、それならそれで、アバターロストを前提としたハード設定のゲームを普通に作った方が効率は良いと思うんだが……」


 そんな疑問も出てくるが、まぁどちらにせよ今の時点で分かる事じゃない。つまり考えるだけ時間と思考力の無駄だ。今は脱出する事に集中するべきだし、その為に万が一の事態を想定して備える事が優先だ。

 で、その備えって言うのが今作ってる消耗品タイプの杖で、水竜の角の残りで性能を上げているとは言え、万が一の時に何とか出来るだけの手段になるかっていうと……。


「……たぶんならないんだよなぁ」


 何しろ製作者の魔法スキルが無いからな。そして魔力が無い設定のアバターで魔法スキルは習得できない。だからこの杖の威力を上げる事は出来ない。ここで打ち止めだ。数を作っても、その万が一の事態の時に振れる数は知れている。

 かと言って、武器を作ってもここは海の上だ。船がやられたら終わりかつ乗っているのは自分だけなんだから、応戦しているような暇はない。逃げる為の一瞬の時間を稼ぐ為の備えだから。かといって、遠距離武器を作るには、素材も道具も足りない。

 すなわちお祈りするしかない訳だな。本当に困った事に。仮想現実であっても確率は確率だから。


「とはいえ。それこそ、テーブルが切り替わったら固定でイベント発生とか確定でエンカウントとか、そういう設定がされていたら逃げられないし」


 うん。あの嵐についてはちょっとそんな気がしてきたんだ。何しろその後は、まぁ、大急ぎで島を出たから遭遇してないだけかもしれないとはいえ、嵐には遭遇していないんだから。

 で、そんな気がしてきたって事は、似たような設定というか小細工というか、そういうのが一段とヤバいやつにもされてる可能性がまぁまぁあるって事で、だな。


「…………いっそ本気で飛ぶ方向に対策するか。水面に影が落ちるだけなら感知できなかった筈だし」


 それに、そっちの方向なら何とか今からでも対策出来るからな。

 ……強制エンカウントが発生するとして、その期間は長くて1日だ。それを過ぎれば通常エンカウントに戻る。ファンタジープリセットの仮想現実では、イベントによるエンカウントには時間制限があるから。

 つまりはそれだけの間をどうにか感知されずに逃げ切れば、それこそ水竜以上にレアでエンカウント条件が厳しい、本来の状態に戻る。可能性が高い。プリセットそのままならそうなる。

 ならまぁ、それに賭けるのも1手か。

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