第1話 1日目(日中)

 アバターっていうのは、情報の塊だ。それを盗むというのは、地上を懐かしんで仕方ない世代曰く「クレカと免許を一緒に盗まれるようなもん」との事。つまりは致命的って事だ。まぁそれはそうだな。仮想現実、というやつには色々な「世界」があるが、このウィルスに感染した場合この絶海の孤島の「世界」へ強制的に接続、その後切断できなくなるのは、その全ての元となるアバターだ。

 基本アバターとか素体アバターとか言われるこれは、身分証明にも使う大事なものだ。まぁだから盗もうとするんだろうし、わざわざこんな「世界」を作って一度接続させた上で、内部で接触するって手間が必要になるんだろう。「世界」を作ること自体は比較的簡単だが、正直大迷惑だ。

 という事を確認した上で、自分(アバター)の状態をチェック。強制切断した場合、アバター情報が失われる可能性があります、という警告が出た。知ってた。だから警告されてたんだし。


「使えるのも基礎スキルと、「トロフィー」だけか……」


 さてこの基本アバターだが、当たり前だが仮想現実の「世界」ごとに違うシステムに対応する都合上、魔法とか特殊な技術は使えない。基本的には人間だ。服装は好きに変えられるけど、今はあんまり質の良くない布の服で裸足。

 一方で様々な仮想現実の「世界」を渡り歩くのだから、かなり限定されるが、自分のスタイルに合った「基礎スキル」をつけておくことが出来る。これをつけておくと、公的な場所(空間)では使えないものの、キャラクター設定やコンバートが楽になる訳だ。

 後は、一定以上有名で参加者が多い「世界」で何らかの記録を達成したりすると、基本アバターに持たせる形で、他の「世界」でもちょっと良い初期/追加装備という恩恵を受けられる「トロフィー」というものがある。


「短剣(ナイフ)術、細工技能、解体補正、気配感知に、丈夫なナイフ。……よし、ちゃんと使える。サバイバルにも応用が出来るのは間違いない」


 自分に出来る、現実では出来ない事もある事と、ボロボロで今にも千切れそうなベルトに下がったシンプルなナイフを確認。そこから空を見上げて、たぶん日が昇った直後だという事を確認した。少なくともこの「世界」では、この布の服は初期装備で、スタート直後って事だろう。

 ただ、今までそれなりの数の「世界」を渡って来た経験上、サバイバルについてもそこそこの知識がある。すなわち。


「サバイバルは、初動が肝心。そして何よりもまず拠点と火を確保して、真水を確保する事が最優先」


 石の板を見つけるまでにぐるっと歩いてみた感じ、この島はたぶん、バスケットコートぐらいしかない。木は割とみっしりと生えていたけど生き物の気配は無し、湧き水の気配も無し。島の外周は、3分の1ずつで、砂浜、岩場、1mぐらいの崖になってた。

 ただその崖になってた向こう側と、岩場を渡っていくにはちょっと遠いかなってぐらいの位置に、もう少し小さい島があった。あれは小船か何かを作るか、もしくはいっそ橋を作ってしまえば渡っていけそうだ。特に岩場の方にあった島は、遠い分だけ曖昧だけど、生き物の気配があった。

 ……まぁ、砂浜には大量の流木が転がってたし、どうもその流木でダメなところを打ってしまったらしい亀が瀕死になっていたけど。ただその甲羅はトゲトゲだったし、その縁はカミソリみたいに切れ味が良かったから、これは危険な生物だな。


「貴重なたんぱく質。ありがたくイタダキマス」


 敵性生物は仕留めてバラして食うものだ。

 それはともかく、問題は拠点をどこにするかだな。条件だけで言えばあの文章の書かれた石板の場所がいい感じだったけど、あの石板には近寄りたくない。何故ならこの手の「世界」は制作管理者が楽をする為に、乱数で毎回生成する事が多い。だがあの石板は確定出現オブジェクトであり、つまり監視系の何かが仕込まれていてもおかしくないからだ。

 それに、直球でこの「世界」を管理している人間、アバター誘拐からのデータ泥棒をしようとする奴からの接触も避けたいし、何なら戦闘になる可能性がある。となると、船が近寄り辛い岩場の近くがいいだろう。

 その場で流木をいくつか解体し、雑に長さを揃えて拠点を作りたい場所に運び込んでいく。うーん、結構な重労働だな。とはいえ基本アバターって事を考えると、それでもある程度ステータス補正は入ってるんだろうけど。


「ま、ステータス補正が入ってるって事は、「海賊」はステータスもスキルも全力で乗せてくるって事なんだろうけど」


 やっぱ見つかる前に何とか脱出しないとダメだな。「世界」の端には「壁」があって、そこに辿り着ければ脱出できる。これは法律で決められてる事だし、「世界」を作るプリセットみたいなものの中には最初から入ってるし、それを外すと「世界」は起動しなくなって即行通報される。

 ここまで色々やってみた感じ、この「世界」はプリセットを使って作られたものだ。雑草とかのグラフィックが見慣れた感じだから。実を言えばあの亀も、別の「世界」で見た事があったりする。という事はつまり、「壁」はある筈だ。

 まぁ本格的というか、本気で金と時間と人手をかけて作られた「世界」は、その「壁」の前にゲーム内オブジェクトを設置したり、ひたすら広くして「壁」に触らないように工夫するものなんだけど……「世界」を広くするには、まぁ、お金がかかる。現実の。


「大半が海って時点でそこまで広くないって言ってるようなもんだし。そもそもウィルスに感染したアバターが放り込まれるのを待ってるだけなら、鉢合わせを避ける為に1つ1つを小さくしてサーバー分けするのが合理的」


 ……。合理的じゃなかった場合はそうじゃないって可能性もあるんだが。まぁ、アバター誘拐なんて考える人間だ。たぶん「自分は他の奴より賢い」と思ってるし、そこまで変な事はしないだろう。

 なんて思いながら、とりあえず1日目の日中は、ひたすら流木をメインに、砂浜から色々な物を拾って拠点候補地に持っていく事を続けた。資源はあればあるだけいいからな。サバイバルだと、火を絶やさないのは前提に近い基本だし。

 もちろん、海から見えないように工夫しないといけないけど。

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