黒咲りりあ編:……ぎゅーってして、ずっと、あたしだけ見ててよね?

「ね、はやくいこ、はやくっ!」


レストランを出た瞬間、りりあは彼の手をぎゅっと引っ張って駆けだしていた。

星のきらめく中庭をすり抜け、螺旋階段を跳ねるように上がっていく。


「あのね、もうさ、今日ずっと我慢してたんだからっ……!

 べ、別に変な意味じゃないけど……ちょっとは、甘えさせなさいよね……?」


その声色は、明らかに“ちょっと”なんかじゃなかった。


背中にぴったりくっついて歩く姿は、猫のように擦り寄る甘えん坊。


「もー、なんか……顔がずっと熱いんだけど……。責任、とってよね?」


部屋に入ると、りりあはバタンとドアを閉めて振り返った。


「……ねえ、いま、あたししか見てない?」


まんまるの碧い瞳でじっと見つめながら、

その唇が、すぐそこまで近づく。


「……もう我慢できない……ぎゅって、して?」


彼の胸に自分から飛び込むと、まるで子猫のように頬をすり寄せてきた。


「……ん……なんか、ね、うれしいのに泣きそうなの。

 だって、あたし、いちばん最初から……あなたのこと、ずっと、ずっと……」


言葉の代わりに、唇がそっと重なる。

吐息が混ざるように、温度が一つになるキス――。


「ね、お風呂……いっしょに入る?」


その言葉に、真っ赤になりながらも目をそらさず、

彼の手を取ってバスルームへ。


浴室には、やわらかなバニラの香りが広がっていた。


「あたし、がんばって準備したの。かわいくしたくて」


バスローブの前を少しだけ開くと、そこに現れたりりあの肢体は――

小柄で繊細ながら、少女から女性へと向かう曲線を帯びていて、

すべすべの肌に、湯気がしっとりまとわりついていた。


「……見すぎ、バカ。でも……ちょっとだけなら、許してあげる」


頬を染めながら、彼の背中にぴとっとくっつく。


「……ずっと、こうしていたい……おふろ、もうちょっと出たくない……」


その声はまるで夢の中みたいに甘く、

しばらくふたりは泡の中で肩を寄せて、何度も小さなキスを交わしていた。


ベッドに横たわると、りりあは枕の中で小さく声をもらした。


「ねえ……あした、夢だったらどうしよう。

 こんなに、しあわせなの……こわいくらい」


その頬を指先で撫でると、うれしそうに笑って、唇をすぼめる。


「もう、キスしよ? してくれないなら、あたしからするよ?」


そして何度も、何度も――

まるで「好き」を伝える回数を数えるように、ちゅっと、くちびるを重ねてくる。


「……ねえ、今日だけじゃないよね。

 ずっとずっと、これからも“あたしの彼氏”でいてくれるよね……?」


彼の胸の中で、りりあはまるで小さな猫みたいに丸くなっていた。

キスのあとの余韻に包まれながら、彼の鼓動に耳をすます。


「……ねぇ……ずっと、こうしてていい?」


ささやく声は、眠たげで甘くて。

彼の手が、そっと髪を梳くたびに、ふたりの距離がもっと、もっと近づいていく。


ふたりの身体はゆっくりと溶け合い、優しく重なっていった。


そして――その夜、星はゆっくりと、ミラコスタの窓を照らし続けていた。




朝。


窓から差し込む光の中で、りりあは腕の中で小さく丸くなっていた。

寝ぼけたまま、唇にふわりとキス。


「おはよ……ちゅ。

 ……今、世界でいちばんしあわせなの、ぜったいあたしだから」


そう囁く声は、少し掠れていたけど、

その笑顔はとびきり甘くて、

まるで妖精みたいにきらめいていた。

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