水無月あおい『夜が明けたら、夢になると思ってた』
イントロが始まった瞬間、会場の雰囲気が変わった。
先ほどまでの歓声は、波のように静まり、
青く光るライトが、まるで夜の海のように広がっていく。
――そこに、彼女がいた。
黒髪のボブに、シルバーをあしらったミリタリー調のステージ衣装。
静かに、けれど真っすぐに歩くその姿に、誰もが目を奪われた。
「……生きてるって、証明できるのは――痛みじゃなくて、温度、なんだって。わたし、知ったの」
マイクを通して、落ち着いた声が響いた。
(あの夜。
PV撮影ってだけで、行きたくなかった。島とか、海とか、キラキラした夏なんて。
でも、君がいた――
“もし俺がゾンビになっても、最後まで守る”って、あの目で、言ってくれたよね)
ビートが跳ねる。けれど、激しくない。
心臓の鼓動みたいに、確かで、静かなリズム。
《Survivor Kiss》――タイトルは“生き延びたキス”。
あおいはステージ中央で動かない。
その場に立ったまま、言葉を紡ぐように歌っていく。
(何が夢で、何が現実か、もうわからなかった。
スタッフがゾンビみたいに襲ってきて、必死に逃げたあの夜。
なのに、君は震える私の手を、ずっと離さなかった)
照明が少しずつ揺れる。
水面に映る月のように、青と白の光があおいを照らす。
(怖かった。泣きたかった。でも、それより……
君の体温が、手の中でちゃんと生きてるって、それが嬉しくて。
……逃げ切った朝、“これは夢だった”って言った君に、
わたしは、ほんとは、違うって言いたかったんだ)
サビへ向けて、あおいが一歩、足を踏み出す。
観客の光が、追いかけるように揺れる。
(今、歌えてる。こうして、笑えてる。
――生きてる。恋をした。あの夜、確かに、君と)
歌声は凛としていた。
けれど、どこか震えているようにも聞こえた。
「夜が明けても、夢じゃなかった。
わたしが君に触れたのは、ちゃんと――現実だったから」
そして、静かなサビへ。
まるで月が沈んで、朝がくる瞬間のように。
あおいの声が、光になる。
(ねえ――君、観てる?)
目線を上げる。その先に、客席で手を振る少年がいた。
あおいの目がわずかに揺れ、そして小さく笑う。
(……また会えたね)
歌いきったあと、マイクをそっと下ろす。
ラストのセリフは、歌じゃない。けれど、音楽よりも強かった。
「“生きてる限り、わたしは君を想い続ける”――それが、わたしの《スプラッシュ・サマー・キス♡》」
光が、青くきらめいて弾けた。
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