エピローグ「#きみのために、生きていく」

「……えっ、りりあが、“あんな”顔するの、初めて見た……」




ステージ裏の楽屋廊下。


夜風に揺れるカーテンの向こう、ももかが目を丸くする。




「ツンが……溶けてる……?」




「今日、ぜったい“彼”来てたよね……あの笑顔は、恋してる笑顔にゃ」




「きっとね……大切なひとがそばにいるって、あんなに綺麗になるんだ」




《SPLASH☆SUGAR》のメンバーたちがこっそり囁くのも無理はない。


ライブの最中、りりあの歌声は、まるで祈りのようだったから。




澪が見てくれている――その確信が、彼女を変えていた。




――その夜。


ステージが終わって、拍手がすべて止んで。


楽屋にも誰もいなくなった頃。




「……来てくれるって、信じてた」




控え室の裏手、海辺へと続く通用口。




潮風の先に、彼の姿があった。




「待たせた?」




「ううん。待ってたけど、ちゃんと……来てくれた」




ライトに照らされた砂浜。


ふたりだけの、秘密の時間。




りりあはそっと彼の胸に手を置いて、


見上げる瞳が、濡れた月に揺れていた。




「ねえ、澪」




「うん?」




「……あの夜、言いそびれたこと、もう一回言ってもいい?」




「もちろん」




「……好き。ほんとうに、ほんとうに、大好き」




次の瞬間、彼の手がそっと頬に触れた。


それだけで、涙があふれそうになる。




「ぼくもだよ、りりあ。


きみがいたから、ここに来られた。


きみが呼んでくれたから、ぼくは、いま、生きてる」




「……生きててくれて、ありがとう……」




二人の距離が、自然と近づく。




波音に溶けるように――唇が、重なった。




深く、長く、静かなキスだった。




それはもう、アイドルとしてのわたしでも、


ゴシックロリータでも、SNSのフィルター越しのわたしでもなくて。




ただ「黒咲りりあ」というひとりの少女として、


心から恋した相手に捧げる、人生でいちばん大事なキスだった。




彼の手が、わたしの髪をそっと撫でる。




ふたりの影が、月に伸びていく。




「これからも……ずっと、いっしょにいてくれる?」




「もちろん。何があっても、きみの隣にいる」




「じゃあ、もうタグは使わなくても、いい?」




「いや、それは使って」




「えっ、なんでよ」




「だって、世界中に伝えてほしい。


“ぼくは黒咲りりあの彼氏です”って」




「うそでしょ、ばか……」




でもその笑顔に、また恋をした。




数時間後。


楽屋に戻ったりりあの姿を、


メンバーたちは息をのんで見守った。




「なんか、オーラ変わってない……?」




「ツンが……溶けたというより、やさしく“包んでる”感じにゃ」




「……いい恋、したんだね、りりあ」




翌朝。


りりあはひとりで浜辺に立っていた。




潮風を頬に感じながら、スマホを取り出す。




今日の投稿は――加工もしない、素の笑顔。




《#きみのために、生きていく》




そして、そっと添えるように、最後にもう一つ。




《#それが、わたしの“スプラッシュ・サマー・キス”》




風が、やさしく吹いた。




(黒咲りりあ編・完)

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