第9話 暗闇の道を進んで
リス「でも、どうやって帰るの?ここは藤石町じゃないんでしょ?」
「大丈夫。私が案内するよ。さぁ、行こう」
白黒の子は、神社の裏に回った。
ネインたちも、不思議そうな顔をしてついていく。
ついていった先には、来た時に見えた青い桜の木が植わっていた。
「みんな。この桜の木を囲んで幹に触ってくれる?」
ヨルム「囲むって、円になるってこと?」
「そうそう」
青い桜は、近くで見るとより一層幻想的で美しい。
ムート「ホントにキレイな桜…。どうして青いんだろう」
カウル「品種改良なのかな。いやでも、青い桜なんて聞いたことないし…」
ヴィーシュナ「そもそもこの木、ほんとに桜の木?」
カウル「それは間違いないと思う。この花びら、桜の形してるから」
リヤン「あとで調べてみようかなぁ」
12人は円になって桜を囲み、木の幹に触れた。
その瞬間、12人の姿は跡形もなく消え、桜の木のふもとには無数の光の粒だけが残っていた。
一方、どこかに飛ばされた12人は互いの姿さえもほとんど見えない真っ暗な場所にいた。
キルシェ「うわ!何にも見えないじゃん!」
ペルシカ「みんないる!?点呼!」
「1」「2」「3」「4」「5」「6」「7」「8」「9」「10」「11」
「12…なーんてね。みんな、手を繋ごう。ここで迷子になったら、二度と会えなくなっちゃうからね」
白黒の子は、1番近くにいたリヤンの手を握った。
ラルム「全員繋がったー?」
「「「OKでーす!」」」
「よし、じゃあ行こうか」
アーシャ「ねぇねぇ。ここはどこなの?」
「うーん…世界と世界の狭間…かな。君たちが住む藤石町とさっきの青木神社は、普通は隣り合ってる訳じゃないんだよ」
ムート「と、いうと?」
「世界と世界が隣り合ってると、どうしても互いの世界が混ざり合っちゃうんだ。だから、こういう無の空間を挟んでるんだよ」
リヤン「なるほど〜。つまりこの場所は、世界と世界が混ざらないようにするための仕切りってことなんだね」
「簡単に言うとそうだね」
カウル「じゃあ、なんで私たちはさっきチナツちゃんが住む世界に行けたの?仕切りがあるはずなのに」
「特例と言うものも、いくつかあるんだよ。藤石町で言うと…明山の上の遺跡、それと、時計塔かな。あの2つは、近づいちゃダメだよ。次こそ、帰ってこられなくなるかもしれない」
ネイン「でも、君はチナツちゃんと会ってたんでしょう?見る限り、1回限りの関係じゃなかった。どうして、チナツちゃんの所に行ってたの?そこで、何をしていたの?」
「…まだ、ちゃんと話せていなかったね」
真っ暗な空間に、白黒の子の声だけが響く。
「あの子とは、私が初めてあの遺跡に入った時に知り合ったんだ。君たちと同様に、あの子も藤石町に迷いこんでしまってね。チナッちゃんが1人で泣いてた所に、通りかかったんだよ。それで元の世界に連れ帰ったら懐かれてしまってね。…ねぇキルシェ、あの子のこと、どう思った?」
キルシェ「え?素直で純粋な、いい子だなぁ〜って思ったよ」
ヨルム「私たちと遊んでる時、すごく楽しそうだったよね」
「実際、本当に楽しかったんだと思うよ。あの子は体が弱くて、神社の中でしか自由に遊べないって言ってたから」
ヴィーシュナ「チナツちゃんは、なにかの病気なの?」
「まぁ…持病みたいなものなんだって。薬とかをたくさん飲んでて、その薬の中には免疫を抑えてしまう薬もあるらしく、風邪とか引いたら一気に重症化してしまうらしい。今も、具合が悪くなるたびに入退院を繰り返してるからね」
リヤン「そうなんだ…」
「チナッちゃんも私も、楽器や笛が大好きなんだ。私は昔、楽器を習ってたことがあってさ。暇つぶしにと思って吹いてたんだ。そしたら、チナッちゃんが音色を気に入ってくれて。そこから、よく演奏するようになったんだ。でも、向こうの世界には聞こえないと、勝手に思っていた。迷惑をかけて、本当にごめんね。もう、演奏はしないようにするよ」
ペルシカ「え、そこまでしなくてもいいんじゃない?」
アーシャ「そうだよ。私たちは原因が知りたかっただけで、やめろだなんてひと言も言ってないよ!」
「でも、君たちの世界の子達は怖がってるんじゃないの?誰もいないはずの場所から急に笑い声や笛の音が聞こえたら、私だって怖いよ」
リス「う…。そ、それを言われると…」
カウル「でも、チナツちゃんが可哀想だよ」
「…うん…そうだね…」
そこからしばらく、12人は無言だった。
一人一人、何かを考えているらしい。
しばらく歩くと、青白い光が見えてきた。
ヴィーシュナ「なに?あれ」
それは、水が青白く光る泉だった。
泉の上にはヒラヒラと青い蝶が舞い、泉の中央には橋がかかっている。
キルシェ「すごーい…。ホントに幻想的だなぁ…」
「ここは胡蝶の泉。って勝手に私が呼んでるんだけど、この橋を渡ればみんな元の世界に帰れるよ」
ペルシカ「…ああぁぁーーーー!!!良いこと思いついた!」
ラルム「うぉぉ!びっくりしたぁ!」
ペルシカ「ごめんごめんw」
ヨルム「ペルシカ、いいことってなに?」
ペルシカ「ウワサ!ウワサ流そう!」
カウル「ウワサ?」
ペルシカ「そう!元々遺跡での笑い声の話って、ウワサとして広まったじゃん?ってことは、ウワサ流せば悪いことも良いことに書き換えられるってわけ!」
リス「あぁー!それいいね!」
アーシャ「でも、そんなにうまく行くのかな」
リヤン「いけるいける!こっちには天才予報士と世界的歌姫がいるんだから!」
ペルシカ「いえーい!」
ヨルム「Oh、マジか」
ネイン「良かったね!これでこれからもチナツちゃんを喜ばせてあげられる!」
笑いかけてくれたネインたちの顔を見て、白黒の子は呆然としていた。
フードの下からわずかに見える黒い左目が、真ん丸になっている。
「なんで…なんで、そこまでしてくれるの?」
ネイン「え?なんでと言われても…」
ヴィーシュナ「チナツちゃん可愛かったし、楽しみにしていることを奪っちゃうなんて可哀想だよ」
ラルム「そうそう。ウチからスマホ取るもんやで」
ヨルム「ラルム、スマホなしで生きていけるの?」
ラルム「無理!」
リヤン「まさかの即答!?」
リス「もう大丈夫だから、これからも遠慮なく演奏して!」
キルシェ「チナツちゃんによろしく言っといてね!」
「…ありがとう」
白黒の子はフードを取って、全員の目を見た。
ムート「えっ…いいの…?フード…」
「これは、ちゃんと顔を合わせて言わないといけないことだから。本当にありがとう。心から、お礼を言わせて欲しい」
白黒の子は、深々と頭を下げた。
カウル「いいよいいよ!そんなにかしこまらなくても!」
ヨルム「私たちはチナツちゃんのためにしただけだから!」
「君たちは、本当に優しいね…。ありがとう」
顔を上げた白黒の子の顔は、笑っていた。
「みんな、もう行くといいよ。この橋を渡れば、元の世界に戻れる。橋を渡る間、絶対に後ろを振り返ってはいけないよ。世界に、手放されてしまうからね」
ネイン「世界に、手放される…?」
「うん。さ、行くんだ」
白黒の子は、リヤンの手を離した。
リヤン「え?一緒に行かないの?」
「私は、向こうの世界の住人じゃないからね。それに…あの世界の住民になる資格もない。私は、君たちが無事に向こうの世界に帰れるよう案内しただけだから。君たちは、在るべき場所に帰るといい」
ネイン「でも…じゃあ、君はどこに帰るの?」
ネインの質問に、白黒の子はニッコリと笑って答えた。
「上だよ。君たちにはまだ遠い、ずっとずっと先の場所だ」
白黒の子の声が、どんどん遠ざかっていくような気がした。
キルシェ「じゃあせめて名前!名前だけでも教えてよ!」
「うーん…名前か…。本名はちょっと言えないんだけど…。えーっと、じゃあ…月詠って呼んでくれると嬉しいかな」
ヴィーシュナ「つくよみ?」
「うん。別のところで、そう呼ばれてたからさ」
ヨルム「なるほど。だからチナツちゃんは月ちゃんって呼んでたのか」
「そゆこと」
ラルム「じゃぁ…帰ろか」
ラルムを先頭に、11人は橋を渡り始めた。
ただ…ただ、ネインとリヤンだけは
リヤン「月詠ちゃん」
「どうしたの?」
ネイン「また…会えるよね?」
月詠は、一瞬だけ目を伏せた。
けれど
「うん。会えるよ。なんなら約束してもいい」
リヤン「言ったね?」
ネイン「約束だよ!」
「うん。ゆびきりげんまん。約束だよ。さぁ、2人ももう行かなくちゃ。置いていかれちゃうよ」
月詠はそっと、2人の背中を押した。
2人も、橋を渡り始める。
遠ざかっていく11人の背中に、月詠はただひと言呟いた。
「ありがとう」
そのかすかな呟きは、11人全員には届かなかった。
ただ数名の耳に、うっすらと残っただけ。
それでも、誰かの記憶に残っているのなら満足だ。
月詠は11人が橋を渡りきったのを見届け、満足げに微笑んだ。
そして橋に背を向け、ただ1人で暗闇の底へと進んでいった…。
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