第4話:議は、祈りの死を語る
――
日が沈もうという刻限。
荘厳な造りの大広間。その最奥、玉座に腰を下ろす一人の男がいた。室内に張り詰めた空気は、厳かで重く静謐。
そこへ、大扉が重々しく開かれる。
「失礼します」
静かな声と共に現れたのは、一人の女性。
「
男の言葉に深く一礼する――
教皇直属の補佐官にして、冷徹なる執行者。
腰まで届く深碧のストレートヘアは一本の乱れもなく、前髪は眉上でまっすぐに整えられている。
透き通る淡蒼の瞳は、まるで感情を拒絶した氷のような冷たさを宿し、見る者の心を凍らせる。
身にまとうのは白を基調とした教律部の装束。青い帯は教皇直轄の証。彼女の立場を如実に示していた。
「
「……なに?」
玉座の男、
教皇にして教律部の頂点に立つ存在。
長い白銀の髪を後ろで緩く束ね、露わな額の下には瑠璃の瞳。その深い光は、時折黄金の閃光を宿し、まるで神の如き威容を放つ。
その身にまとうのは、教皇のみが許される
水凪の瞳が、蒼龍院とまっすぐに交差する。
「――
――教律部
その夜。
月光が大理石の床を薄く照らす中、禍都院の要人たちが長方形の卓を囲む。
その中央には蒼龍院が静かに腰を下ろし、傍らに水凪が立つ。
列席する者は、すべて一国の中枢を担う組織の長。空気は張り詰めていた。
「皆様。本日はお集まりいただき、感謝いたします」
水凪が静かに口を開く。
「単刀直入に申し上げます。本日、禍核の発生が確認されました」
その一言に、場がざわつく。
「本日、午後十七時頃。新緑の草原にて異常な
確認された対象者は――黒鴉 連牙。貧民街出身の少年です」
「貧民街……? あそこは、新緑の草原とは真逆の位置では?」
政導師――
「はい。黒鴉明――彼の母親が所持する理弩羅【飛影】の能力により、瞬間移動で草原に移送されたと推測されます」
「わざわざ理弩羅を使って……引っかかりますね」
そう呟き、顎に手を当てて思案する陽葵。
民政部のトップである政導師を務める女性。
一本結びにして束ねられた淡金の長髪。斜めに流した前髪が紅玉のように輝く深紅の瞳を強調させる。
深藍色を強調した儀礼装束を身にまとい衣には、政の文字が刻まれている。
そこへ、卓の端で頬杖をついた少女が呟く。
「『
神核が発現するはずのない無核に、後天的な神核の発現が起き、
その異常な力が歪み、変質した結果が――禍核。神核の崩壊体だ」
発言したのは――
軍政部の戦略立案を担当する
細面で整った顔立ち。口元は引き締まっており、肌は透き通るような白磁色で、夜灯の下ではほんのり青白く映る。
青墨色の肩甲骨まで伸びたストレートロング。絹のようにしっとりとしており、結わずに下ろしてあるその髪は、動くたび静かに揺れ、無駄な飾りは一切ない。
静かな夜空を映したような、深みある灰藍の瞳を持ち、やや垂れ目気味で柔和だが、目力は強く理詰めで心を見抜くような冷静さを湛える。
濃紺を基調とした和洋折衷の陣羽織風の軍衣に、細かい金の刺繍が施されてある軍政部戦策官専用の礼装を身にまとう。
「知詠様。そのような未確定の仮説を、この場で述べるのは適切ではありません」
水凪が冷たく制する。
だが、知詠はその視線を正面から受け止める。
「議会とは、確説に仮説を混ぜて議論する場です。むしろ適切でしょう」
冷ややかに返す知詠。
水凪も無言で見つめ返すが、知詠は構わず続けた。
「さらに仮説を加えるなら――神核の歪みは感情の起伏によって引き起こされる。
例えば、目の前で身内が殺され、絶望に囚われた時……」
ニヤリと笑う知詠。
その言葉に、水凪の瞳が一瞬だけ揺れた。
「……それより、彼の扱いをどうするつもりです? 私としては、早急な抹殺を推奨しますがね」
不快そうに声を発したのは、教律部
儀式・祭礼・祈祷の実務を担当する教律部・典礼師の長、
雪のように純白なロングヘア。肩までの長さがあり、毛先がわずかに外へ跳ねているがいつも丁寧に整えられ、一本の乱れもない。
冷ややかな金の瞳を携え瞳孔が獣のように細く、睨まれると本能的な恐怖を覚える。
純白の典礼衣に金刺繍が施された威厳ある装束を身にまとい胸元や袖に虎の文様を思わせる装飾がある。
「白神様。ご意見は承りました。ですが、現在の規定に従い、禍核の扱いは
「……ちっ。なら、この会議に何の意味がある」
吐き捨てるように言う白神を、蒼龍院が制す。
「水凪の言う通りだ。よって――黒鴉連牙は抹殺対象ではなく、捕縛対象とする」
場がざわつく。
殺さず捕らえる。それは抹殺よりも遥かに難易度の高い任務だった。
蒼龍院が、重い声で問う。
「
問われた男――
精悍な輪郭に年輪を刻んだ風貌。深い漆黒の髪を後ろで一本に結った「総髪」風。白髪はわずかに混じる程度で、整った髪筋からは几帳面さが窺える。
重厚で奥行きのある鋼墨色の瞳。視線には威圧感と包容力の両方を湛えており、怒りを込めずとも睨まれれば心臓を握られるような威圧を放つ。笑えば柔らかく、真剣になれば鉄のように冷たい。
軍導師の象徴である【黒金の陣羽織】を羽織り、下には武官風の緋色の着物と袴を着用。陣羽織の背には軍政部の紋である梵鐘が金糸で大きく刺繍されている。
「十花隊から数名を選抜します。禍核とはいえ、発症直後の少年。うちの精鋭ならば、遅れを取ることはありません」
その自信に、蒼龍院は僅かに頷きつつ、命を下す。
「――民政部。本件は極秘事項とする。情報統制を一任する」
「承りました」
統政が静かに頭を下げ、民政部の幹部たちも続いた。
「軍政部。あらゆる手段を用いて、速やかに対象を捕縛せよ」
「承知」
軍政部の面々が一礼する。
「――神律緊急議会、これにて閉会。各自、役目を果たせ」
その宣言とともに、緊張に満ちた議会の幕は下ろされた。
この瞬間から、叛逆の物語は静かに、しかし確実に加速を始める。
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