第2話
次期国王は、毎日他の王族の子と同じように語学、数式、歴史、魔術、剣術などを教わるのは同じであるが、日没に他の子との修練を終えた後、夜まで魔術師による特別訓練がある。
他の子には休みの日があっても、彼女の魔術訓練に休みはない。
魔術師拓。
おそらく100年は生きていようかという魔術師であり、攻撃、防御、回復などのあらゆる魔法を操る。
杏樹はせいぜい焚き火程度の火炎しかおこせないのに対して、拓は国中を焼き尽くすほどの火炎を出すことも可能という話で、数十年前に国を襲ってきたドラゴンを追い払ったこともあるらしい。
「イメージが足りないのじゃ。この炉はどんな大きな炎を放っても吸い込む。街全体を焼き尽くすほどの火炎を思い浮かべよ。」
「はい!うう…、火の神よ、我に炎を授けよ。業火よ、踊れ。全てを燃やし尽くせ!」
ボッ!
「ハア、ハア、ハア…。」
「ほう、まだまだじゃが、これまででは一番大きな炎が出たの。では、今日はこれまでじゃ。もう魔力も残っておるまい。」
魔力は寝ることでチャージされる。
拓クラスの魔術師なら大きな魔術をいくつも使えるほどの魔力を持っているが、杏樹にはこれが限界だった。
「ありがとう、ございます…!」
時が経ち、杏樹は17になった。
未熟だった魔術も剣術も、普通の騎士や魔術師よりは上のレベルになった。
18の誕生日に、杏樹は隣の大陸の王の次男と結婚する。
杏樹とは同い年で、何度か式典であったことはあるが、恋心など抱いた覚えはない相手だ。
好きな男と恋愛をして結婚する。
幼い頃に書物で読んだような話は、所詮御伽噺。
現実など、こんなものだ。
そして、杏樹以上に魔術や剣術の腕を高めていた弟の龍斗は、表面は笑顔であるものの、王になるという野心を隠すことはなかった。
「姉上は、隣国に嫁いだ方が幸せですよ。」
龍斗は口を開けばそればかり言っていた。
その結婚相手の王子も、杏樹を愛してなどいなかった。
結婚の条件に、こともあろうに自国に愛する恋人がいるから愛妾として連れてきてもいいかと言ってきたくらいだ。
それでも、杏樹は彼と結婚しなければならなかった。
ルーンは広大な国ではあるが、現在の戦力は隣の国より弱い。
隣の国バンガストは、国境となる森の向こうにある、伝説の剣士が王となった国で、代々腕に磨きをかけた数千名に及ぶ兵隊を持ち合わせる、世界一の軍事国家だ。
もし攻めてこられたら、確実に負ける。
伝説の魔術師ほどの魔力があればそんな国の攻撃も抑えられるが、そんな魔力を持った魔術師は少なくとも今のルーンにはいない。
逆にいうと、バンガストの人間は魔術を使えないので、魔術を恐れ、代々姫が生まれたら嫁によこしてきた。
バンガストが千年間喉から手が出るほど欲しいのが、魔力。
今までの魔術師は男で、バンガストの姫は嫁ぐ側だったので、例え魔力を微量なりとも持ち合わせている子供が生まれても、バンガストに連れてくることは出来なかった。
だが、今回初めて魔術師が王女となり、バンガストの王子が結婚相手となることで、バンガストに杏樹ごと連れてくることができる可能性が現れた。
そういう訳で、バンガストはルーンの王女と結婚させることにしたわけだ。
杏樹は結婚などしたくはない。
というのも、
「杏樹様、結婚式は後1ヶ月後ですね。」
「彼方…。」
魔術師拓の孫、彼方。
幼少期から一緒に学び、切磋琢磨してきた相手。
杏樹は彼を愛していた。
恋人にはなれないと分かっていても。
彼方も魔術師であり、杏樹に負けずとも劣らない実力を持っていた。
王にはなれずとも、戦いの際は杏樹の右腕となって前線で戦える様に鍛えてきた。
特に火炎系の魔術なら杏樹以上だ。
いざという時は命をかけてでも王を守る。
彼方は幼い頃からそう教えられてきたし、それでいいと思っていた。
杏樹を守れるなら、本望だ。
杏樹の夫にはなれないと分かっていても。
結婚式は、代々ルーンとバンガストの国境にある丘の神殿で行われる。
本日は遂に結婚式。
結婚相手の海流(カイル)も杏樹も、結婚式だというのに笑顔一つ見せず、真正面を見て神殿の廊下を並んで歩く。
2人とも両国を挙げての祝の式典だなどと言われてもそんな気にはなれない。
「結婚なんて、ただの契約だからな。」
「気が合うわね。私もそう思ってるわよ。」
司教の合図で、誓いの口付けの儀式。
はあ、とため息をつく海流。
どんよりと暗い杏樹。
生まれて初めてのキスを、好きでもない相手としなければならないとは。
涙が出てくる。
「安心しろ。こんなもん、ただの儀式だから、お前のファーストキスにはならない。」
「海流…」
2人は口付けをし、結婚をした。
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