第21話:届かぬ一撃、誇り高き敗北
男子バスケ部、
インターハイ予選決勝。
試合は、
最終局面へと突入していた。
体育館の熱気は、
最高潮を保ったままだ。
電光掲示板に、
表示されたスコア。
残り時間、
僅か数秒。
そして、
相手チームが、
わずか1点リードしている。
遠藤くんのチームは、
絶体絶命のピンチに立たされていた。
私は、
観客席から、
息を呑んで、
コートを見守る。
心臓が、
激しく、
高鳴っている。
自分の試合よりも、
ずっと、
緊張していた。
相手のエースは、
徹底的にマークされ、
ボールを持つガードにも、
二重、三重のディフェンスが、
張り付いている。
パスコースが、
どこにもない。
時間も、
刻一刻と、
過ぎていく。
(くそっ……!
この状況で、
誰がシュートを打てるのよ……!)
私の心の中で、
焦りが募る。
喉が、
カラカラに乾いていた。
その時だった。
パスを出す場所を失ったガードが、
苦し紛れに、
ボールを、
ゴール下へと、
放った。
そこに、
遠藤くんの姿があった。
相手のディフェンダーたちは、
まさか彼が、
そんなゴール下で、
ボールを受けるとは、
考えていなかったのだろう。
彼が小さいから、
ゴール下は諦めて、
外でシュートを狙うはずだと、
一瞬、油断した。
その「すき」を、
彼は見逃さなかった。
彼は、
相手のパスカットを覚悟の上で、
ゴールに最も近い位置へ、
一歩踏み込み、
ボールを要求する。
ガードは、
最後の望みをかけるように、
そこへ、
パスを叩き込んだ。
ディフェンスが、
「しまった!」と、
反応するよりも早く、
彼はボールを受け取ると、
その小さな体からは、
想像できない跳躍力で、
そのまま、
リングへと跳び上がった。
相手の長身センターが、
慌ててブロックに跳ぶ。
彼の視界を、
完全に塞ぐ。
遠藤くんは、
空中でもがくように、
ボールを高く掲げた。
「(ダンク……!?)」
私の脳裏に、
公園での、
あの奇跡の一撃が、
フラッシュバックする。
あの時も、
誰もいない場所で、
彼は、
「無理」を、
可能にした。
「(いけっ……!
遠藤くん……っ!)」
私は、
心の中で、
叫んだ。
私の祈りが、
彼に届くように。
彼は、
リングに向かって、
渾身の力を込めて、
ボールを叩きつけようとした。
腕を、
懸命に、
伸ばす。
だが、
ボールは、
リングに、
ガツッ!
と、
ぶつかり、
跳ね返った。
ネットを揺らすことなく、
そのまま、
無情にも、
コートへと、
落ちていく。
ダンクは、
届かなかった。
その瞬間、
試合終了のブザーが、
甲高く、
鳴り響いた。
私たちの心臓が、
キュッ、と、
締め付けられる。
会場の熱狂が、
一瞬にして、
静寂へと変わる。
誰もが、
その結末に、
息を呑んでいた。
電光掲示板に表示された、
最終スコア。
遠藤くんのチームは、
僅差で、
敗北した。
全国への切符は、
掴めなかった。
彼の体が、
崩れるように、
コートに倒れ込む。
汗と、
悔しさで、
ぐしゃぐしゃになった、
彼の顔。
その瞳には、
諦めきれない光が、
宿っていた。
チームメイトが、
彼に駆け寄り、
肩を抱く。
誰もが、
やりきった、という、
表情をしている。
でも、
その瞳の奥には、
深い、
深い、
悔しさが、
滲んでいた。
私は、
観客席から、
ただ、
彼の姿を、
見つめることしかできなかった。
彼の努力。
彼の情熱。
彼が見せた、
全てを懸けた、
最後の一撃。
それが、
届かなかった。
私の瞳から、
熱いものが、
溢れ出す。
それは、
悔し涙だった。
彼が、
流せなかった、
その涙を、
私が、
代わりに、
流しているみたいだった。
試合後、
体育館の廊下で、
彼とすれ違う。
彼の顔には、
まだ、
悔しさが残っている。
彼の視線が、
私の瞳を、
一瞬だけ捉えた。
そして、
小さく、
頷いた。
その仕草に、
彼の、
「ありがとう」が、
込められているような気がした。
私は、
彼に、
何か声をかけようとしたけれど、
言葉が出なかった。
ただ、
彼の背中を、
見つめることしかできなかった。
彼のチームは、
全国へは行けなかったけれど、
彼の活躍は、
間違いなく、
大会全体で、
輝いていた。
速報サイトの、
最終得点ランキングには、
彼の名前が、
大きく表示されていた。
彼は、
このインターハイ予選で、
見事、
得点王のタイトルを、
獲得したのだ。
(遠藤くんが、得点王……!)
私は、
胸が熱くなった。
彼が、
「背が低いから」という理由で、
諦めろと言われた過去を、
その努力で、
完全に、
跳ね返している。
その姿は、
誰よりも、
まぶしかった。
彼のチームは、
全国へは行けなかったけれど、
彼は、
間違いなく、
大会の、
ヒーローだった。
私にとっての、
最高のヒーロー。
この夏は、
私にとって、
忘れられない、
特別な夏になった。
遠藤くんとの出会い。
彼との練習。
そして、
彼の、
ひたむきなバスケ。
その全てが、
私の心を、
大きく、
揺さぶった。
まだ届かないシュートと、
確かに届いた、
アオハルな恋。
私たちの物語は、
これからも、
続いていく。
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