線路は続く

岸亜里沙

線路は続く

ゆったりと走る列車の車窓から、外を眺める。

延々と続く向日葵畑を、私はボンヤリとずっと眺めていたが、代わり映えしない光景に、些かウンザリしてきたので、列車内を見渡す。

私が乗っている車輌には、他に中年の男性が1人、若い男の子が1人、小さな子供が1人とその母親1人、そして私の目の前に座る老人が1人だけだ。

殺風景な車内から私は、また窓の外の向日葵畑に目を向けた。しかし、途切れる事のない向日葵に、私は溜め息をつく。

そんな時、向かいに座っていた老人が私に話しかけてきた。


「あなたには、その窓からどんな景色が見えていますかな?」


私は苦笑しながら答える。


「向日葵畑しか見えなくて、退屈な列車ですね。だからお客も少ないのでしょう」


すると老人も笑い出す。


「なるほど。あなたの景色は向日葵畑なのですね」


老人の言葉に私は首をかしげ、たずねた。


「あなたの景色とは、どういう意味ですか?」


老人は物憂げな表情で窓から外を見ながら言う。


「ワシには、焼け野原が見えております。そろそろ降りる駅が近づいているのでしょう」


老人の言葉を聞き、私も窓の外に目を向けるが、やはり向日葵畑が続いているだけだ。

私は不思議に思い、またたずねる。


「どこに焼け野原があるのですか?私には見えませんが」


老人は穏やかに微笑み、答えた。


「この列車は、人生そのものなのです。人によって窓の外の景色は異なる。あなたには向日葵畑が見えているようですが、ワシには焼け野原が見えます。あなたは向日葵畑が退屈だと仰ったが、そんな事はない。ワシの見ている焼け野原に比べたら、どんなに綺麗で羨ましいことか」


そう言われ私は、向日葵畑に目を凝らす。

確かに満開の向日葵は咲き誇り、太陽のスポットライトを浴び輝いている。


「確かに、しっかり見つめれば綺麗ですね」


私が呟くように言うと、老人は静かに頷く。


「そうでしょう。人生も同じように、しっかり見つめれば、それがどんなに退屈なものだと感じても、美しさを秘めているのです。ワシから言える事は、ただひとつ。今見えている景色を、大事にしなさい。あなたが見ている景色は、この後どんどんと変わっていきます。もう二度と出会えないものです。ワシのように焼け野原だけが見えるようになってからでは、手遅れですよ」


私も大きく頷く。


「あなたの言う通りです。気づかせていただき、ありがとうございます。少しおたずねしたいのですが、あなたがこの列車から、人生で見た景色の中で一番記憶に残っているのは、どんな景色ですか?」


老人は目をつむり、深く考え込む。

そしてゆっくりと喋り出す。


「雪山の隙間から昇る朝日ですな。妻と結婚した日に見た景色です。とても印象深い。妻は先に列車を降りてしまったが」


「列車を降りる?あなたも先程、降りる駅が近づいていると言いましたが、列車を降りるとはなんですか?」


私の問いに、老人はまた穏やかな微笑みを浮かべます。


「寿命が迫っているのでね。この列車から降りる時、それがすなわちワシの、人生の終着駅なのです」


返す言葉が見つからず、私が黙っていると、老人はそっと立ち上がり、ドアの方へと歩いていく。


「そろそろお別れのようですな。最後にあなたと話せて良かった」


私も立ち上がり、老人に向かってたずねる。


「あの、あなたは誰ですか?名前を教えてください」


「ワシには、名前は無いんです。あなたの人生の中の、登場人物の一人だと思ってくだされば。あなたの旅はまだ長い。これから、もっと素晴らしい景色に出会える事を、心から祈っています。それでは」


老人が列車を降りると、私はまた車窓から景色を眺めた。

けれど鮮やかな向日葵畑は、どこまでも続いている。私はこの景色がいつ変わるのかを期待しているのか。それとも、このまま続いてほしいと願っているのか。

だがあの老人曰く、これは私自身の人生を表した列車なのだ。

だとしたら、私の意識次第で、見える景色は変わっていくのかもしれない。





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線路は続く 岸亜里沙 @kishiarisa

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