第二十四話:偽りの王と賢者の指輪
国王陛下が攫われた――。
その衝撃的な報せは、瞬く間に侯爵邸を、そして王宮全体を、底知れぬ混乱の渦に叩き込んだ。
「いったい、どういうことだ、リヒト! 宝物庫の警備はどうなっていた!」
侯爵の怒声が、書斎に響き渡る。
「申し訳ございません! 昨夜のプラチド殿下の失踪を受け、城内の警備は最大限に強化されておりました。ですが、今朝、宝物庫を見回った衛兵が発見した時には、すでに……。何者かが侵入した形跡は、一切なかったと」
「侵入した形跡がない……?」
それは、不可解だった。王宮の地下宝物庫は、王国で最も厳重に守られた場所の一つだ。物理的に扉を破ることも、魔法で結界を破ることも、常人には不可能のはず。
「……まるで、内部から、手引きされたかのようだ」
侯爵が、苦々しげに呟く。
その時、私の脳裏に、夜会の光景が蘇った。
プラチド殿下と、その隣にいた、国王陛下。
(まさか……)
ありえない、と首を振る。だが、一度生まれた疑念は、拭い去ることができない。
「侯爵様。国王陛下は、いつ、お姿が見えなくなったのですか」
「……衛兵の報告によれば、陛下は、昨夜の騒動の後、自室で休まれており、今朝、朝食をお持ちした際には、すでに、もぬけの殻だったと」
私の問いに、侯爵は、訝しげな表情を浮かべながらも、答えてくれた。
やはり、おかしい。タイミングが、あまりにも良すぎる。
「……一つ、確かめたいことがあります」
私は、意を決して言った。
「私を、国王陛下の寝室へ、お連れください」
「陛下の寝室へ? 何をするつもりだ」
「そこに残された『記憶の残滓』を、読み解きます。陛下を攫った犯人の、手掛かりが掴めるかもしれません」
私の提案に、侯爵はしばらく黙考していたが、やがて、小さく頷いた。
今の私たちには、藁にもすがる思いだったのだろう。
国王陛下の寝室は、主を失い、静まり返っていた。
豪華な調度品、壁にかけられた歴代王の肖像画。その全てが、この国の長い歴史の重みを物語っている。
私は、部屋の中央に立ち、目を閉じた。
そして、禁書との契約で得た、新たな力を行使する。
部屋全体の、時間の流れに、意識を同調させていく。
(……視える)
過去の光景が、逆再生の映像のように、私の脳裏に流れ込んできた。
侍女たちが、慌ただしく部屋を出入りする姿。
そして、昨夜、国王陛下が、一人、この部屋で、苦悩の表情を浮かべている姿。
だが、そこから先が、奇妙だった。
誰も、この部屋に侵入してはいない。国王は、自らの足で、夜陰に紛れて、この部屋を出て行っているのだ。
「……陛下は、攫われたのではありません」
私は、目を開け、侯爵に告げた。
「自ら、王宮を、抜け出されたのです」
「何だと? 馬鹿な。父上が、一体、何のために……」
侯爵の言葉を遮るように、私は続けた。
「そして、その手には、『賢者の指輪』が。……いいえ、違います。あれは、指輪の形をしていますが、もっと、別の……」
記憶の映像が、乱れる。
あの指輪から発せられる魔力が、あまりにも強力で、私の鑑定を阻害しているのだ。
私は、さらに深く、意識を集中させた。
左手首の腕輪が、熱を帯び、私を守るように、光を放つ。
そして、ついに、視えた。
真実の光景が。
「……あれは、『賢者の指輪』ではありません!」
私は、叫んでいた。
「あれは、プラチド殿下が宝物庫から盗み出した、『沈黙の宝冠』! 殿下は、宝冠の呪詛を、指輪の形に偽装し、そして、国王陛下に……!」
「何……!?」
「陛下は、操られているのです! プラチド殿下と、そして、その背後にいる、真の黒幕によって!」
全ての謎が、一本の線で繋がった。
プラチド殿下の失踪も、国王の不可解な行動も、全ては、仕組まれた芝居だったのだ。
敵の狙いは、国王自身を、傀儡として利用すること。そして、王命という、誰も逆らうことのできない力を使って、この国を、内側から乗っ取ることだった。
「では、父上は、今、どこに……」
侯爵の顔から、血の気が引いていく。
その時、部屋の外が、にわかに騒がしくなった。
「何事だ!」
リヒトが、廊下へ飛び出していく。
やがて、彼は、青ざめた顔で、部屋へと戻ってきた。
「……閣下。王都の、中央広場に、国王陛下が、お姿を現されました」
「中央広場だと?」
「はい。そして、広場に集まった民衆を前に、今、新たな『勅命』を、発しておられます」
リヒトの言葉に、私たちは、顔を見合わせた。
嫌な予感しかしない。
私たちは、急いで、王宮のバルコニーへと向かった。
そこからは、王都の中央広場が、一望できる。
広場は、黒山の人だかりだった。
その中央に設けられた演説台の上に、国王陛下が、威厳に満ちた姿で立っている。だが、その瞳には、光がない。まるで、精巧に作られた、人形のようだ。
そして、彼の口から、信じられない言葉が、王都中に向けて、放たれた。
「――これより、ファーニヴァル王国は、隣国ゴドリッジとの、長きにわたる友好関係を破棄し、宣戦を布告する!」
民衆が、どよめいた。
平和を享受していた彼らにとって、それは、まさに青天の霹靂だった。
「そして!」
国王――いや、彼を操る黒幕の声は、続く。
「この度の聖戦において、全軍の指揮を、我が弟、プラチドに委ねる! 更に、王国の反逆者、レイドン侯爵、及び、彼に与する魔女アリアを捕縛し、断罪することを、ここに命ずる!」
それは、あまりにも完璧な、筋書きだった。
戦争という、国家の非常事態を宣言することで、全ての権力をプラチド殿下に集中させる。
そして、その陰謀に気づいている、唯一の障害である、私たちを、反逆者として社会的に抹殺する。
「……やられた」
侯爵が、奥歯を噛み締めた。
もはや、私たちは、国王陛下の勅命に逆らう、ただの「反逆者」となってしまった。王都に、もはや、私たちの居場所はない。
「閣下、お逃げください! 我々が、時間を稼ぎます!」
リヒトが、剣を抜きながら叫ぶ。
すでに、王宮の衛兵たちが、こちらに向かって、駆け寄ってくるのが見えた。
だが、侯爵は、動かなかった。
彼は、絶望的な状況の中、ただ、静かに、私を見つめていた。
「アリア。……お前を、こんな戦いに、巻き込んでしまった」
「いいえ」
私は、彼の隣に立ち、その手を、固く握った。
「言ったはずです。私は、あなたの『剣』であり、『戦友』だと。……ここからが、私たちの、本当の戦いです」
私の瞳には、もう、恐怖はなかった。
あるのは、彼と共に、この絶望的な運命に立ち向かうという、燃えるような決意だけ。
私たちは、追っ手として迫る衛兵たちを背に、王宮の隠し通路へと、その身を投じた。
偽りの王が支配する王都を、一時、離れるために。
そして、真実を取り戻すための、反撃の狼煙を上げるために。
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