別次元

彼女がいなくなってから一週間、僕は元の生活に戻れずにいた。彼女と過ごしたのはたった数日のことだったはずなのに、何か大きなものがなくなった喪失感に包まれていた。きっと、この感情は恋とかそんなものではないし、友情といったわけでもない新しい「何か」だと思う。

「この一週間ずっとその顔だね。もう諦めたらどうだい?」

教授がいつの間にか家に来ていた。そんなことにも気が付けないほどにぼうっとしていたのか。

「彼女は、僕の初めての同年代の知り合いなんです。彼女を追って別の世界に行けるような方法はないのですか!」

「残念ながらそれは難しいよ、別の世界に別の世界のものが行くと大きな力によってはじき戻される。彼女もそうだっただろう?」

「いえ、僕はあきらめません。」




それから僕は狂ったように教授の研究室に入り浸った。『博士』の書いた論文を読んだり、その他の世界各地の論文を読んだ。どこにも答えは載っていなかった。

「人間の考えるような力ではもう無理だよ。諦めたほうがいいよ。君、どんどんやつれていくじゃないか。心配で心配で。」

「ではAIを使いましょう。『博士』の使っていたAIを使います。」

「博士のAI、使えるのかい?」

「『博士』はいけ好かないやつですが実力は本物です。『博士』の使っていたAIはたった数分で彼女が別次元から来ていたと解析したんです。」

「別次元?」

「確かそう言っていました。」

「もしかすると…もしかするかもしれないな。」

「え⁉」

「いいかい、「別次元」と「別世界」ってのは似て非なるものだよ。」

「じゃあ、彼女はいったいどこから来たっていうんですか?」

「「別次元」それが4次元のことを指しているなら、彼女は別の時間から来たことになる。4次元とは時間のこと、だからね。」

教授の発言に僕はしばらくなにも言えなかった。僕は、教授は、『博士』も最初からずっと勘違いをしていた。

彼女は「別世界」ではなく「別次元」から来ていた。

「別の時代から来ていたのなら、彼女の世界への知識のなさもよくわかる。たった100年前は世界は人で満ち満ちていたのだから。」

「僕はやることが決まりました。タイムマシーン…を作ります。」

深く、かみしめるように口にした。






彼女と出会ってから10年が過ぎ去った。やるとは言ったものの到底楽な道ではなかった。次元と時間の学習を始めてさらにそれを発展させてきたのだ。

・世界の時間は直線ではなく少なくとも、らせん状にもしくはそれよりも複雑な形で流れている。

・一定の周期性があり、似たような出来事が繰り返されるのはこのせい。

・周りの世界に影響を及ぼすとその反動で僕たちの世界も縮んだり絡まったりする。しかしそれはそれはすぐに収まる。

これが僕が発見したことだ。さらに、理論的には永い時間を一気に飛ぶと、世界の「縮み」の反動で元に戻されてしまうが、すこし刻むことで世界に定着しようとする力が反動に打ち勝つはずだ。そうすれば永遠にその時間軸にとどまれる。あとはどうやって世界の時間を「縮ませる」かだ。そこは奇しくも『博士』と似たような手法をとることにした。『博士』偶然に成功させていたわけだが、僕は狙ってそれを引き起こそうとしている。僕たちの世界の周辺の世界にちょっかいをかけることで、反動により少し世界が「縮む」のだ。

「周辺機器よし、電源もよし。」

「ついに行くのだな。」

「もちろんですよ、教授何のためにこの10年使ったと思っているんですか。それよりも後の処理お願いしますね。」

「若者が一人失踪して、国の便器が一時的に消える。これをどううまく処理しろと。」

「いいじゃないですか、あの一件で昇格したんだから。なんとかなるでしょ。」

「そうだけどさ…」

「中継地は五十年前でいいですよね。」

「そこが、反動で戻されないぎりぎりだ。もっと細かくしてもいいんだぞ。」

「いやです、早く会いたいので。」

「達者で、な。」

「ええ、教授もお元気で。」

そうして僕は過去にとんだ。






◇教授視点

「いって、しまったな…」

私はその空間をしばらく見つめてから外へと歩き出した。空が見たくなったんだ。電気がなくなって薄暗い外と、赤紫に色に染まった雲が空を覆っていた。

「先生?」

声がしたほうを慌てて振り返った。そこには世界最高齢となった彼の近所に住むおばあさんが立っていた。

「どうかされましたか?」

「彼はもう行ったのでしょう?」

言葉に詰まった。このことを知っているのは彼と私だけのはずだからだ。

「なぜ…?」

これが私が絞り出すことのできた言葉だった。

「彼から手紙、預かっているんです。」

別れの手紙あいつも粋なことをするな。そう思って手紙を開けた。

「教授へ

うまくいきました。こっちではすべてが目新しかったです。これまでの人生のすべての感謝を教授に。」

そうれだけが書いてあった。

「確かに、渡しましたよ。」

彼女はそのまま歩いて行った。

ふと空を見上げると、きれいな月が空に昇るところだった。




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彼女は別次元から来ていた。 @makadamianattu

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