博士

しばらくたつと彼女も目をこすりながら起きた。まだ、周りの状況が把握できていないようだったが、『博士』は構わず話し出した。

「そう!俺の研究とは、パラレルワールドに関することだ!」

あたかもスポットライトを浴びているかのような大げさな身振りでしゃべりだした。

「お前たちにもわかるように説明してやろう。まず、この世界には『道筋』がある。ちょうど川の流れのようにな。そこを俺たちが流れていくわけだが、もちろん川が一本なんてことはなく枝分かれをするだろう?それと同じように世界も分かれていく、これがパラレルワールドだ。」

何を思ったか図を交えながら解説を始めだした。

「これを実際に発見したのがこの俺よ。天才だろ?」

うなずきを強制するように聞いてきた。仕方なくうなずくことにしておく。

「だがな、この俺はこの世界の危機にも気が付いた。まさに救世主だ!」

「いいか?この世界はいくつもの分岐をしていく、例えば今日俺がメシに米を食うのか麵を食うのかてな感じにな。」

そういって『博士』はさっきの川にどんどん支流をつけ足していった。

「するとだ、なんということだ進めば進むほどに川の流れ同士が密になっていく。『道筋』の限界がある日突然くる。そしてプッツリ切れちまうことを発見した!この世界も今まさに、切れかけているんだ。」

「切れたら一体どうなるのよ。」

彼女が問うた。

「『道筋』が切れたら無くなるのさ、その世界戦がな。だから俺はこの少子化でゆっくり滅亡に向かう世界を救うため、他の『道筋』をつぶしているのさ。俺たちが通るためにな。」

彼は支流のいくつかを消した。確かにスペースができていた。

「でも、その世界の人たちはどうするのよ!」

彼女は叫んだ。

「さすがに俺もそこまで非人道的じゃねえよ。いったろ?この世界にはたくさんの世界線があるんだ。例えば宇宙がまったく発達しなかったせかいとか、な。」

「でも、そんなこと続けてたらいつかは」

「いつかはそんな決断をするだろうよ。人の命より自分の命だ。」

確かに『博士』の理論は論理的には間違っていない、倫理的にはともかく。

「これを知った時は衝撃だった。もちろん世間に公表なんて簡単にはできないから各国のお偉い方にだけ知ってもらったよ。そしたら簡単に賛同してたくさんの出資を受けた。こうして今のこの研究があるってわけよ。」

「それと僕たちは何の関係があるんだ。」

「そりゃあ、もちろん俺の研究のためだ。パラレルワールドの人間なんて二度と手に入らないぞ。うれしいだろ?この俺の研究を手伝えて。」

「そんなことあるわけないじゃない…!」

「とりあえず男のほうはいいや。かえっていいぞ。」

『博士』は僕に対する興味をもう持っていないようだった。

このままではいけない。何も思い浮かばないが、それだけはハッキリと分かった。


「何をそんなに急いでいるんだ?」

何か手掛かりを探すために、適当な質問を投げてみる。

「普通に考えろ、別世界から来ているんだ何かの拍子でふともとに帰るかもしれないだろ?俺が研究する前にそんなことになったら大変だからな。」

身勝手すぎる。こいつは自分が中心に世界が回っているとでも考えているのだろうか。

「では、なぜ彼女がこの世界に来たと考えているのか?」

「この前、気象操作ができなかったことがあっただろ?」

「あったわね。」

「あれは俺が別の世界に干渉をしたときに大きなエネルギーを使ったからだ。そして一つの世界が消え、本来その世界が通る場所も我々が取れるようになった。もちろん周りの世界もそこを通ろうとするだろう。その時に世界同士が衝突、彼女がこの世界に来たのだと思っているよ。」

受け答えや理論は立派なものだがやはり倫理的な部分で理解しあえない気がしてならない。これまでの自己中心的な態度も含め相性が最悪なのだろう。心の中がふつふつと煮えていく気がした。心の沸騰が限界に達したとき、何かが頭の中を駆け抜けた。今思えばあれは天啓だった。

「なぜ、図は平らに描いたのですか?」

口から言葉が零れ落ちていた。なぜか敬語でだ。

「はあ?」

「なぜ、『流れ』が平面的なものだとお考えなのですか?」

「『流れ』を観測した結果がそれだからだ。結果はうそをつかん。」

「二次元断面でしか観測できていないのではないですか?その開発した機構ではさらに多くの視点で考えられないと思います。」

「あ?」

「途中で途切れてしまったように見えたのは、ある二次元空間でまっすぐ進んでいたのが、上か下に曲がっていったからではないのですか?」

皆さんに想像してもらいたい。バナナをまっすぐ切ろうとすると、どこかで途切れる。が、そこでバナナがなくなっているわけではなく、反っているからまっすぐ切れないのだけだ。

「しかしだな…」

「あなたの論理は破綻している。なぜさらに上の次元があると考えないのですか?」

何もない空間を思い浮かべてみよう。そのどこかに点を打とう、それが0次元だ。さらに点を打とう、初めの点と全く同じ場所でない限り2点を結ぶ線が引けるだろう。それが1次元だ。さらに点を打とう、線上に点を打たない限り平面を描くことができる。それが二次元だ。もう一つだけ点を打とう、平面上にない限り空間を作ることができる。これが三次元だ。新しい点を生み出したとき同じ次元にあることが少ないのはイメージできるだろうか?つまり『博士』の考えるような平面空間より上の次元空間がないなどおかしな話だ。

「そんなわけがない、私の理論が、誤っているはずは…」

『博士』は狼狽してそこら中のものに数式を書き連ねていった。それは、自分の理論が正しいことを証明するためなのか、自分の思い付きを検証しているのかはわからない。ただその顔には困惑が見て取れた。

「私って、向こうに帰るのかな?」

彼女は聞いた。僕にはすこし不安げに聞こえた。きっと無事に帰れるのかを心配しているのだろう。

「君がこの世界にいることは本来異常なことだからね。長い時間は続かないと思うよ。きっと帰れるさ。」

そうしっかり励ましたが感所の顔から不安げな影はなくならなかった。



『博士』は茫然自失としていて何も動かないのでここがどこかもわからない。助けを求めに教授に電話をした。

『もしもし、教授ですか?』

『君か?どうしたんだい、進展でもあったかな?』

『いや、それどころか誘拐されましたよ。『博士』を名乗る人にね。』

『もしかしてだけどさ、その『博士』って少しばかり自信家だったりするかい?』

『おそらく同じ人物について話してますよ。』

『ごめんよ、君たちの話をしたのは私だ。彼はそのあたりに強いから助けになると思ったのだが…とんだ迷惑をかけてしまったね。』

『とりあえず迎えに来れますか?』



教授が迎えに来てそのまま教授の研究室に向かった。ことの顛末を詳細に伝え。今後について三人で話した。教授は「上」に『博士』の説が不安定なものであることを話してけりをつけてもらうことになった。

『博士』の説に対する反証を僕が少し作ることになった。発案者なのだから、と教授はおっしゃっていたが、きっと今後の僕に教授の手伝いをさせる足掛かりのつもりだろう。彼女と教授から離れた部屋で取り掛かることにした。



後で聞いた話だが、その時教授と彼女はこんな話をしたらしい。

「あの、先生?でいいですか?」

「なんとでも呼んでいいよ。本来、別世界から来た君は私たちが助けなくてはならない。こちらは君たちに迷惑をかけてしまったからね。」

「先生、私…帰りたくないんです。向こうでは友達という友達もいないし、両親ともほとんど話さないし。でも、こっちなら先生も、彼もおばあちゃんもいて…」

「そうか、でもそれは無理なことだ。自然の摂理に反することはない、外れてきた君は元に戻ることはごく当たり前だ。そのご、こちらに来ることもないだろう。」

「そんな‥‥」

「君はいろいろ考えているようだがね、君の周りは君が思っているより細かいことは気にしてないはずだよ、君も向こうでうまくやれるさ。」

「そうですか‥‥‥あっ!」

「か、体が光っている?!いや、透けているのか?!とりあえず彼を屋ばなくては!おい!こっちにこい、はやく!」


教授の声を聴いて駆けつけると、彼女はもうほとんど消えかかっていた。

「そんな、まだ心の準備もできていないのに‥‥・。」

「もう会うことはないだろう。お互いに別れの挨拶を…。」

しかし、しっかりした言葉を交わす前に彼女は消えてしまった。その時気が付いた。彼女は生まれて初めてのあった、同世代の友達だったのだ。失って初めて大切さに気が付くのは人の定めなのだろうか。

今更何を言おうと遅い、僕たちがこの世界で会うことはもう二度とないのだから。

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