第8話 悪夢の謎と仮説
コーレと話をしてから数日が過ぎた。
翌日には学院の照会も通って、わたし達はケトルカマルの屋敷を利用する許可が降りた。
それからアカリは共有の資料室に入り浸り、時々コーレと相談をしながら調査を進めていた。
わたしはアカリの気が向いた時に話し相手になりつつ、基本的には別行動だ。
色々と区切りがついたのは三週間後。
アカリは調査結果をレポートにまとめてよこしてきた。
「これを読んだら意見が欲しい」
「はぁい。コーレにも渡したの?」
「それはまだ。これ、だいぶわたしの推測が入ってるからね。中には根拠を提示しろと言われても、わたしはそれを知っている、としか言えないものとか、魔術師には話せないものもあるんだ」
「わかったわ。とにかく読んでみるわね」
アカリのまとめてきたレポートのテーマは、セルイーラ砂漠における悪夢の正体を探る、というものだった。
元々この旅は、アカリがこの地の魔法使いに夢で頼み事をされた事から始まった。
「同じ魔法使いとして、あなたに頼む。悪夢に落ちる前に、どうかこの地を救ってくれ」
魔法使いの語った「悪夢」とは何なのか。ポイントはここだ。
そこでアカリはセルイーラ王国の文化における夢というものへの扱いを調べてみた。
そこで一つ着目したのが、王国中期から現れ始める「夢の王国の物語」だ。
「夢の王国の物語」はセルイーラに伝わる物語の類型の一つ。その内容は次のようなものだ。
夢の中で砂漠を彷徨った先で、大きなオアシスを抱える国を見つける。
そこには広大な街並み、そして大きな城がある。
城には誰もが入ることができて、その最奥では王に謁見することができる。
夢を見た者は王から助言を賜り、夢から醒めた時、その言葉を信じたり信じなかったりしながら、それぞれの顛末を迎える。
現代でもこのような形式の物語はよく綴られているらしく、先行研究ではセルイーラ中期から後期、現代での物語を参考にこの「夢の王国の物語」という類型の扱いの変化を調べている。
それによると、元々は夢の王国で王様から助言をもらって夢が覚めるというのが定型だったが、王国後期から現代にかけてはその定型は減って、夢の財宝を与えられる、夢の中で伴侶を得る等、夢の王国での体験の表現は多様化しているらしい。
アカリはここに一つ、考察を残している。
「元々はわたしの見た夢と同じようなものを見た人が語ったことで、この物語類型の原点になったのかもしれない。後世での形式変化は同じ体験をした人が減って、その分、創作としての内容が増えた可能性がある。
魔法使いが夢で助言を与えていること。
そしてその魔法使いが「悪夢に落ちる前に、どうかこの地を救ってくれ」と言ったこと。
これらを合わせて考えると、この魔法使いの運命は夢にまつわるものの可能性が出てくる。
それはそのまま、セルイーラ砂漠を人の住める土地に変え、王国を築く過程において行使された魔法もまた夢にまつわるもの、という示唆を含む。
それは魔法使いがわたしに夢で頼んだ事と符合する。
悪夢に落ちるというのも、セルイーラ砂漠で綴った魔法の変化や影響を意味することになる。
そこで今後はこの仮説を前提として検討を進める」
根拠はともかく、自分の体験と魔法使いに関する知識、セルイーラ砂漠の現状と、夢の中での頼み事。これ全てに説明がつく仮説をまずは立てて、それを検証する、と。
わたしは面白い読み物として、そして今後のアカリの行動を読むための資料としてこれを読んでいるからいいけれど、これだとコーレに見せても噛み合わなそうだ。
学院の魔術師、特に研究生以上の人たちが読むなら、ここに検証結果まで載せた上で論文としてまとめなければ議論が成立するかすら怪しい。
何しろ実体験の夢と絡めてる。ここが一番根拠として弱い。第三者に検証しようがない。
「でもわたし達の命題はそこなんだから、ここを疑わないのは前提なのよねぇ」
研究と冒険という立場の差だ。今度コーレと話す時はその辺りを埋めてあげれば話が早そうだ。
先行研究も載せてくれていたので、コーレに頼んで資料を借りて読んだりしていたら、すっかり日が暮れてしまった。続きは明日にしよう。
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