真夜中に本を読みたくて

🌸春渡夏歩🐾

第1話 眠れない夜

 ……ダメだ。眠れない。


 目を閉じて、じっと横になる。何度も寝返りをうって、少しでも寝やすい体勢を探す。悶々とした時間を過ごしているうちに、すっかり目が冴えてしまった。

 暗闇の中で天井を見つめる。

 隣で気持ちよさそうにイビキをかいている彼が恨めしく思える。


 私は諦めて、枕元の時計を取り上げた。夜光が示す時間は、真夜中の2時過ぎだった。


 ……本が読みたい。寝られないのなら、続きを読みたい。


 以前、夜中に本を読んでいたら、トイレに起きた彼に見つかって

「ハヅキちゃん。こんな時間に何してるの?」

「眠れないから、本を読んでた」

「ダメだよ。眠れなくても、目を閉じて横になっているだけで、身体は休まるんだから。夜はちゃんと寝なきゃ」

 有無を言わさず、電気を消されて、寝室へ連れて行かれた。


「なんだか目が覚めちゃった。ねぇ……いいかな」

 耳元で求めてくるささやき声。私はあらがえない。彼の落ち着いた深い声が好き。

『夜はちゃんと寝なきゃ』なんて、言ったのは……誰? 

 私達は結局、そのあとすぐには眠らなかった。


 ◇


 身体は休まるのかもしれないけど、寝られずにただ横になっているのって、結構、気持ち的にはシンドイ。

『15分過ぎても眠れないときは、一度ベッドから出て、リラックスして過ごし、眠くなるのを待ちましょう』

 有名な睡眠学者の先生もそう語っている。


 眠いのだけど、布団に入ると眠れない……。


 ひとつは彼の豪快なイビキ。

「ごめん。イビキがうるさいって、よく言われるんだ」

 つきあいはじめた頃、恥ずかしそうに言った彼。


 そのうち慣れるだろうと思ったのは、甘かった。

 耳栓をしたり、音楽を聴きながら寝たり……いろいろ試してみた。こちらも疲れてて寝られるときならまだ良いけれど、夜中に目が覚めてしまうと、もうダメだ。そこから眠れない。

 特に、飲み会で深酒をした夜はヒドイ。この爆音、隣で寝られる人はいるのかな。いや、眠っていてもきっと眠りは浅く、疲れが取れない気がする。


 もうひとつ……このままでいいのかなぁという、漠然とした不安がある。

 周りから、そろそろどうなの? という圧を感じる。「結婚」の二文字がちらつきはじめる。


 私達の出会いは、親戚の結婚パーティだった。よくあるパターンでしょ。


 ◇


 新郎は、子供の頃によく遊んでくれた従兄いとこのケンにいちゃん。実は私の初恋の相手。

 披露宴はカジュアルな立食パーティということで、ウチの両親は式だけ参列することにしたらしい。

「ハヅキが我家の代表で出席して」

 母親からは、ご祝儀と余分にお小遣いまで貰ってしまったから、ひとりで出席することにした。


 若者達が余興で盛り上がっているパーティーの片隅で、伯父さんと伯母さん以外に知り合いもなく、ふたりにお料理や飲み物を取り分けるほかは、手持ち無沙汰だった。並んでいるお料理を取る人はほとんどなくて、もったいない気がしたけど、そう何度もおかわりに行くわけにもいかないし。


 会場を見渡すと、他の出席者の中で、私と同様に浮いてる男性がひとり目に入った。

 ……新婦側の親族なのかな。


 なんとなく見ていたら、視線が合ってしまい、軽く会釈された。慌てて会釈を返す。


 やがて、パーティーはお開きとなり、出口で見送る新郎新婦に挨拶した。

「ケン兄ちゃん! おめでとう。お幸せにね」

「ハヅキちゃん、出席してくれてありがとう。叔父さん、叔母さんによろしく」

 丁寧にお辞儀された新婦は可愛いらしい女性ひとで、お似合いだと思った。


 会場をあとにして、

 ……さて、どうしよう。

 中途半端な時間で、何か軽く食べて帰ろうかと思ったけれど、いかにも結婚式の帰りです、という服装で入れるような、この辺りのお店のことはよくわからない。


「あの……」

 ぼんやりと考えていたら、後ろから声をかけられた。

 ふりむくと、パーティ会場で見かけた男性が立っていた。

「え〜と。もし、良ければ一緒に何か軽く食事でもしませんか? お腹、空いてません? あまり、食べられなかったでしょう。別に怪しい者じゃないですよ」

 笑顔で差し出された名刺には、大手電子部品メーカーの名前があった。


 彼は、従妹いとこにあたる新婦が小さい頃、「タカシ兄ちゃんのお嫁さんになってあげる!」と言われたことがあるらしい。

 なんだか自分のことみたいで可笑しくて、親しみを感じた。

 

 それから、私達がつきあいはじめるまでに、たいして時間はかからなかった。


 

 —— 私は、そおっと起き上がり、上着を羽織った。

 とりあえずコンビニにでも行ってこよう。スマホとお財布だけを手に、静かに部屋を出た。


 

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