第47話 リリアとルーリィ
何であんな事言っちゃったんだろう。クロリンデから逃げながらも、私の頭の中は後悔でいっぱいだった。人ごみから脱出した先は、明かりの少ない通りだった。もう夜だからか店も閉まっていて、ショウウインドウに映るのは、私の姿だけ。後ろから聞こえてくる喧騒と比べて、ここは静かだった。
そうだよね、クロリンデが私をわざわざ探しに来るわけないよね。きっと呆れて、先に帰っちゃったんだ。
「推しとのデートイベでやらかすとか、何やってんだろ……」
隅っこで蹲り、自己嫌悪に陥る。いくらリデルから色々吹き込まれていたからって、推しにバカとか言っちゃった。もうおしまいだ。でもクロリンデだって、言い方ってものがあるじゃない。貴族だからって、基本的に見下す態度なのはどうかと思うし。考えれば考える程、後悔だけじゃなくて不満も湧いてきた。折角私だってプレゼントを用意していたのに、とポケットの中身に触れて、指先が凍り付いた。慌てて取り出し、包装紙の上から念入りに触る。
銀色に輝く、綺麗なバレッタ。散りばめられた飾りを見て、きっと似合うと思った。その可愛い飾りは幾つか取れかけている上に、ひびが入っていた。噓でしょ、落とした記憶なんてないのに。浮かれまわってあちこちお店巡りしたせいだろうか。それとも、割引セールの品を買ったのが悪かったのかも。ぷちぷちとかの梱包が存在しない異世界が憎い。
「あーもう、最悪すぎ……」
クロリンデに誘われた時から、準備していたのに。色々お世話になったし、推しへ贈り物を直に渡せる機会なんて貴重だし、それに……救夜祭イベでは、リリアはどの相手ともプレゼントを贈り合っていたから。だから、私も渡さなきゃって、思って。
そうだよ、クロリンデの言う通りだよ。ゲーム内容を参考にしまくってるよ。でも仕方ないじゃん、こちとら普通の女子高生だったんだから。チート能力なんてリリアの白魔法だけだし、使える物は何でも使うって。大体、クロリンデだって私の情報を当てにしていたくせにさ。
まあ、そりゃあ、推しが一番嫌いな攻略キャラとくっつくのが嫌だってのは、否定できないけど。アイドルの結婚に怒るファンってこういう気持ちなのかな。こうなるって予測できてたら、もっとノーレスとの絡みを邪魔……は我慢するにしても、推しを託せるかどうか見極められたのに。苦手だからってつい避けちゃってたし。あーもう本当バカすぎ……。
「ルーリィ?」
悪い考えにはまっていたから、いつの間にか誰かがすぐ傍に立っていたのに気付かなくて。がばっと顔を上げると、エミリオの心配そうな視線と目が合った。何でここにいるの。そう問いかけようとして、おかしなことでもないなと考え直した。ゲームでも、誰ともフラグが立ってない状態で一人祭りに参加すると、エミリオと偶然街中で会うんだよね。
あれ、つまりこれって、エミリオルート突入?
「一人で人気のないところに走っていくのが見えたから、心配になってさ。何かあったのか」
しゃがみ込んだエミリオに頭を撫でられて、ちょっと泣きたくなった。どうしよう、凄く優しい。へこんだハートに染み渡る。クロリンデとあんな別れ方しちゃったから、フラグはどうせ折れちゃっただろうし、エミリオルート、アリかもしれない。
だって、私の話を最初から信じてくれて、中身が別人だって知っても甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるし。つまり私自身を気にかけてくれてるってことだよね。
でも、ラスボスになるクロリンデが悪魔堕ちしないまま、エミリオルートに行った場合、何事もないまま平和に終われるんだろうか。クロリンデへの勧誘が更に執拗になるのかな。それはマズいかも。なら早く彼女に合流して、相談した方がいいよね。正直気まずいけど、推しの危機が迫っているなら気にしている場合じゃないし。
「ありがと、エミリオのお陰でやる気がまた湧いてきたよ」
「無理はするなよ。困った事があったら、いつでもおれに頼っていいんだからな」
「うん、本当助かる……」
一緒に立ち上がり、浮かべたばかりの笑顔を引きつらせる。優しそうな眼差しを向けてくるエミリオの後ろで、リデルがにこやかに手を振っていた。いやいや何でこのタイミングでやってくるの。
「約束通り会いにきたよ」
ようやく背後の悪魔に気付いて振り向いたエミリオが、私を背中で庇うようにしつつ後ずさる。ま、マズいよこれ。エミリオには白魔法の才能がないのに。ここで彼を人質に取られたら。
「そんなに警戒しないでよ。ボクとキミの仲だろう?」
楽しそうに笑みを零しながら、リデルは無防備に私達へ近寄る。そして親しい友達にするように、肩に手をかけてきた。……あれ、なんで、私じゃなくて。
「エミリオ?」
頼れる便利な幼馴染の彼は、こちらを気遣うような視線を向けたままだ。いつも通りの反応が、逆に戸惑いを増長させる。そんな私を見て、リデルはわざとらしい声を上げた。
「あれ、キミまだボクと友達だって言ってなかったの?」
「ただの協力者だろ」
そっけなくも初対面とは思えない返し方に、目を見開く。エミリオとリデルが協力。何それ、まさかトゥルールートで明かされる設定とか。ううん、伏線なんて他ルートでも一切なかった。じゃあこの展開は、一体何なの?
「警戒しなくていい。おれはお前の味方だから」
いつものように優しく笑ってくれる幼馴染の背後が、ぐにゃりと歪む。店のガラスが波打ち、スクリーンみたいに別の光景を映し始めた。
※※※
ハドリー家の屋敷のどこかだ、と映し出された場所に検討をつける。エドワルドが……クロリンデのお父さんが、床に倒れているから。すぐ近くには、エミリオが呆然とした様子で立ち竦んでいた。指が白くなるほどに、小瓶を強く握りしめて。
「あーあ、死んじゃった」
挑発するような、明るい声が割り込む。我に返って真っ青な顔を上げたエミリオは、まるで犯行現場を目撃されてしまったみたいだった。
「おれは、ただエドワルド様に、リリアを跡継ぎにしないで欲しいと頼んだだけだ」
「そう、キミは幼馴染の意志を伝えただけ。使用人に自分の意見を否定されたからって、この男が勝手に憤慨しすぎて、持病の発作がたまたま起きて、キミが薬を差し出すのが、ほんの少し遅れただけ、だよね?」
エミリオは、ぎくりと身体を強張らせる。指の隙間から薬瓶が零れ落ち、無機質な音を立てて床を転がっていった。硬直した肩にそうっと手を置いた悪魔は、子供に言い聞かせるように呟いた。
「まだ終わってないよ。この男はもしもの為に、遺言書を用意しているんだ。それを消してしまわないと、リリアが強制的に、跡継ぎにさせられてしまうよ」
「……そうだ。おれが、あいつを助けてやらないと。絶対に跡継ぎは嫌だ、助けてって、おれを頼ってくれたんだから」
張り詰めた空気の中、映像のリデルは場違いなくらいに明るく拍手をしてみせた。美しい家族愛だね、と茶化すようにして続ける。
「予定とは色々違っちゃったけど、面白くなりそうだしいいか」
パチンと指を鳴らした途端、遺言書が悪魔の手の中に握られる。
「ボクと協力しようよ。互いの大切な人の為に、ね?」
※※※
映されていたエミリオの姿がほどけ、ただのガラスに戻る。リデルの術が解かれて、束の間の白々しい静寂が裏路地に戻ってきた。さっきの光景は、ゲームのイベントじゃない。エミリオに助けてって言ったのは、私だ。リリアになったばかりの時で、教会に向かう前に、父親を説得してもらうように頼んだんだ。リリアが跡継ぎになっちゃうと、クロリンデが絶望して悪魔堕ちしやすくなっちゃうから、阻止しなきゃって思って。
つまり、この状況は、私の……せい?
震えた足から力が抜けて、冷たい地面にへたり込む。エミリオは心配したように近寄って、手を差し出してくれた。
「自分を責めなくてもいいんだ。魔界と手を組めばルーリィは元の世界に帰られるし、お前が消えたら、リリアだってその身体に戻ってこられるんだから」
頼もしい手を取ろうとして、凍り付く。言われた意味を、理解したからだ。小刻みに震えた唇で呼ぶ自分の声は、まるで最後の希望に縋り付こうとしているみたいだった。結果なんて、もう予想できてしまっているのに。
「え、エミリオ……」
「ああ、ルーリィの事は嫌いじゃないよ。そんな顔をリリアがおれに向けてくれるのは、随分久々だったからさ。最近のあいつはしっかりしすぎて、全然おれを当てにしてくれなかったし」
ああ、なんだ。私はずっと、思い違いをしていたんだ。エミリオが私を構ってくれたのは、世話焼きとして私を放っておけなかったのでも、便利キャラだからでもない。『リリア』の顔で縋られるのが、嬉しかっただけ。
結局みんな、リリアリリアリリア。
私を必要としてくれる人なんて、この世界にはいなかった。
「さあ、フィナーレといこうか、異世界からのお姫様?」
周囲の闇が、深まっていく。怯える気力も、叫び声をあげる意思も、失った。もう何もかも、どうでもよくなって。悪魔が誘うままに、私は目を閉じた。
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