第46話 亀裂

「えへへ、それにしてもクロリンデ様が誘ってくれるだけでなくて、プレゼントまで用意してくれるなんて、ちょっと意外ですね。やっぱりクロリンデルートを真剣に考えてくれて」

「ああ、それはユークからアドバイスを受けたからよ」


 エミリオとの話は兎も角、こちらは隠す程ではないだろうと正直に明かすと、笑顔が一瞬で凍り付く。ルーリィは慌てた様子でぐいぐいと詰め寄ってきた。


「あのノーレスが相談に乗ってくれたの!? 何されたんですか!?」

「な、何もされて……ないわよ」


 耳元で紡がれた低い声を思い出してしまい、我慢しきれず微かに頬に赤みが差す。反対に、彼女はどんどんと青ざめていった。


「まさか、デートをしたり、プレゼントも貰ったんですか……?」

「…………デートはしてないわ。あれも、ただのお守りに過ぎないもの」

「貰ったんですか!? リリアじゃないのに攻略ルート入っちゃったんですか!?」


 ルーリィの言葉に、胸中で渦巻くわだかまりが大きくなってゆく。攻略ルートって、別にそういうつもりではないわ。デートと言うならむしろ、トラヴィス様と店を巡った時の方がそれらしかった、と明かすと余計に話がこじれそうだから、黙っておいた。


 あとやっぱり、リリアも彼から何か贈られるのね。流石に同じものではないだろうけれど……いいえ、彼が誰に何を贈るかなんて、気にする必要はないじゃない。私の内心をよそに、勝手に結論付けたルーリィは両肩を力任せに掴んできた。


「駄目ですよノーレスは! あいつは身勝手だし横暴だし裏であっさりクロリンデ様を殺すし、最後まで本気を出してない余裕な態度が腹立ちますし、絶対性格悪いですって! そりゃあ大人でちょっと色っぽいからって人気は結構ありますけど」

「ルーリィ、この世界は予言書ではないのよ」


 決められた展開を覆す為に行動してきたのに、予言書での印象そのままの不満をぶちまけるルーリィを、静かに窘める。


「貴方、何でもかんでも『境界のシルフィールド』を参考にし過ぎではないかしら」

「さ、参考にしてるっていうか、でも実際ほぼその通りで」

「同一視はやめて。それとも、推しが自分の嫌いな男と結ばれるのが不快だ、とでも主張したいの?」

「……っ、ち、ちが」


 肩に置かれた手が震える。図星を突かれたようにたじろぐ彼女にため息をつき、手を払いのけた。


「私が誰と付き合うか、貴方の好みに従わせようとしないで。不快だわ」

「わ、私は……クロリンデ、さまの事を、思って」

「貴方がどう考えようと、私はハドリー家の利益になる男性を選ぶだけよ。異世界で過ごしてきた貴方には分からないでしょうけれど」

「……リリアなら分かるって、言いたいんですか」


 喧騒の中、ぽつりと立ち尽くした少女から、呻き声に似た呟きが漏れる。ツリーの明かりすら届かない影が、俯いた顔を黒く彩った。突然変わった雲行きに困惑したものの、彼女の主張が掴み切れないままに返答した。


「リリアの事は一言も言ってないでしょう。突然何を」

「もういい」


 これ以上聞きたくないとばかりに、彼女は首を横に振った。ゆっくりと顔を上げた彼女は、何かを堪えるように唇を震わせていた。怒りか、或いは悲しみだろうか。


「クロリンデのバカ、もう知らない!」


 子供じみた捨て台詞を残し、ルーリィは走り出した。止める間もなく亜麻色の髪が人混みの中に消えてゆく。数秒遅れてから我に返り、待ちなさいと手を伸ばすも、既に彼女の姿は視界から消え失せていた。

 

 突然一人残されるなんて、どういうこと。追いかけようにも、人混みを掻き分けて進むのは慣れていない。とりあえず彼女の向かったらしい方角へのろのろと進んだものの、最終的に店の壁にぶつかっただけだった。


 先に寮室へ戻ったのかしら。いえ、あの怒り方といい、あの子ならきっと感情任せにとりあえず走っていきそうね。問題は、それだとどこに行ったか見当がつかないのだけれど。祭りのお陰で足元に困らないのは、不幸中の幸いだった。言葉にできない焦りが、足を急かしてくる。別れ際に見たあの子の表情を思い出すと、やけに不吉な予に襲われてしまうから。どうしてこんなに、嫌な予感がしているのだろう。もしもこのまま見つからなかったら──。


「あれ、君も祭りに参加していたんだね」


 落ち着いた声が、私を止める。エディトが驚いたようにこちらを見つめていた。彼がこんなイベントに足を運んでいるなんて、意外だわ。……いいえ、彼が本当は何を好むのか、私が知らなかっただけだ。


 こうして二人だけで対面するのはダンスパーティ以来で、気まずさに視線を逸らしそうになる。すんでのところで気を取り直し、久々に彼の顔を真正面から見た。いつもの癖で睨みつけそうになるのを堪え、口早に尋ねる。


「エディト、ルーリィを見かけなかったかしら。はぐれてしまったのよ」

「ええと……ごめん、見なかったと思うけど、この人混みだし……」

「そう」


 彼のずるずると長引く言い訳を聞いている時間が惜しい。さっさと会話を打ち切りにしようとしたものの、待ってとまたも引き留められた。


「あの子を探しているなら、僕も手伝うよ」

「いいえ結構よ。貴方の手を煩わせるまでもないわ」


 親切そうな素振りを、冷たく跳ね除ける。今までならそれで彼が肩を落とし、会話は終わっていた。


「リリアの言っていた通り、僕は君を強い人だと決めつけて、ちゃんと見ていなかったのかもしれないね」


 聞き取れない小さな声で呟くと、彼は意を決したように私を見つめ直した。


「今の君は、放っておくべきじゃない。……ううん、放っておきたくない、力になりたいって、僕自身がそう思っているんだ。だから、協力させてほしい」


 きつい言葉をぶつけられると、すぐ委縮して謝っていた彼の姿はそこにはなかった。ずっと隠れていた彼の芯は決して軟弱ではなかったのだと、私は今になってようやく理解した。婚約関係を破棄した今となっては、何もかも遅すぎたけれど。


「……ありがとう」


 小声で礼を告げて、そっぽを向く。飾りの明かりよりも華やいだ笑顔を、直視し辛く感じたから。彼に心を許したような笑顔を向けられると、今までとのギャップのせいで調子が狂うわ。こうやって強く協力を申し出られたのも初めてだし。


 まさか、今の私は相当参っているような顔でも浮かべているのかしら。ルーリィと少々諍いを起こして、はぐれただけなのに。些細な事で心を乱すなんて軟弱な姿勢を露わにしないよう、もっとしっかりしないと。気を引き締めて捜索に向かおうとしていた足が、数歩もいかないうちに硬直する。


 鮮血のように、鮮やかな赤。

 救夜祭の日、空は災いの予言に記された色へと変貌した。

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