第28話 姉の婚約者エディト・ローエン

 推しと婚約しているエディトと同行する事になりました。正直かなり気まずい。


 エディトは他キャラと比べると内気で気弱な面が目立つし、あんまり好みじゃないんだよね。クロリンデの婚約者なのに、リリアと恋に落ちるってどうなの。そりゃあ、婚約相手が悪魔になったら、破談になるのも分かるよ。あくまで政略結婚で、互いに好き合っていたわけじゃないって明言されてるし。


 でもね、リリアに鞍替えした婚約者を見て、悪魔令嬢は大変ご立腹になるんです。私の夫になると誓った癖にって、執着心を露わにするんですよ。特別なリアクションに、ついうっかり萌え……もとい、心が大変痛みましたね。


 閑話休題。とにかく推しキャラを振るも同然なエディトには、つい恨みの眼差しを向けたくなるんですよ。『これからは君のいるハドリー家を護っていきたい』じゃねーよ! そういうのはクロリンデに言えよ! って思っちゃったわけですよ。それに仲良くしたらクロリンデの闇堕ちフラグになりそうだし、極力避けたい相手。なのに二人きりとか、どうしよう。ゲームでの対応を参考にしたら好感度上がっちゃうじゃんか。


「先ほどから何か思い詰めているみたいだけど、気分が優れないのかい?」

「いっいえいえ、大丈夫ですっ!」


 心配そうな目で見てくるのはやめて、その優しさが痛いから! 仲良くしたくはないけど、親切心を冷たくあしらうのは申し訳なくてできないの!


「え、えーと、エディト様、皆を探しに行きましょうか」

「うん、そうだね」


 私の発言に沿うように頷かれる。とりあえず、クリア条件は分かってる。殆ど無言でイベントをクリアすれば、流石に好感度は上がらないよね。悪魔が待ち構えている場所までそれとなく誘導すればいいかな。今どの位置にいるんだろう、と辺りをきょろきょろと見渡し、窓が視界に入った瞬間、ぎょっとして即座にしゃがみ込んだ。


「リリア?」


 様子を窺おうとする声に、なんでもないですと取り繕う余裕はなかった。


 窓に映っているのは、リリア・キャンベルじゃない。

 佐藤瑠璃──私、だった。


 やばい、やばいやばいやばい。なんで私が映ってるの!? そうだ確か、隠している本当の自分が映し出されるとか、ゲーム中でリデルが説明してたっけ。他キャラと比べてギャップが凄まじいから、ヒノの時だけ発覚するんだよね。リデルの嫌がらせ魔法が、私にも発動してるの!?


 どうしよう、この姿を見られたら絶対に怪しまれる。こんな状況でうまく説明なんかできっこない。クロリンデにも信じてもらうのは大変だったんだから。エミリオはやけにすんなり受け入れてくれたけど、あれはお助けキャラゆえの飲み込みの早さとか幼馴染補正なのかも。こんな事になるならクロリンデかエミリオを呼べばよかった。駄目だエミリオは呼べない。八方塞がりじゃんか!


 頭を抱えてぐるぐると悩む。パニックになりかけていた思考を撫でるように、そっと肩に手が置かれた。


「落ち着いて、リリア」


 エディトが私の隣に座って、穏やかな表情を浮かべていた。紫色の瞳がやけに近くてぎょっとするも、彼は子供をなだめるように、ゆっくりと背中をさすってくれた。


「こんな状況になって、不安な気持ちになるのも分かるよ。大丈夫、僕が君を護ってみせるから。まあ、僕は弱いから壁になるくらいしかできないけど……」


 頼もしい年上の雰囲気が崩れ、後半はへにゃりと情けない笑みになる。間近でそんな事を囁かれ、私はついうっかりときめきそうになった。優男の長所を今まで実感できなかったけど、こうして実際に不安になっている時に心から優しくされちゃったら、リリアがついキュンとくるのも頷ける。私は致命傷を避けましたけどね。せいぜい、エディトルートをもう一周やり直してもいいかなって思った程度ですよ。


「そ、そういう優しさは、クロリンデ様にも向けてあげてくださいね」


 ついでにクロリンデとエディトのフラグをどうにかできないかな、と試みてみた。想像通り、彼はきょとんとした表情になってから、悲しそうに目を伏せる。


「クロリンデは僕を嫌っているから。迷惑に感じるだけだよ」

「いやいや、そんな事ないですから!」


 負のスパイラルを断ち切るべく、強い語気で否定する。エディトルート中に、貴方のそういう軟弱な所が大っ嫌いだったのよ、と彼女が叫んでいたのはノーコメントで。


「クロリンデ様が心配なら、もっとそこをアピールしましょう。大丈夫、エディト様は本当に優しくて善良な方ですから、まんざらには思わないですって!」

「そう、かな……」

「はい!!」


 その優しさを、もっとクロリンデに向けてくれればよかったのに。彼女は父親のせいで辛い過去だったんだから、もっと救われるべきだよ。優しいエディトならきっと本心でクロリンデに同情するだろうし、二人が上手くいく未来もあったかもしれない。というか、エディトによる救済でなくてもいいから、クロリンデ生存ルートをファンディスクとかリメイク版で追加して欲しい。まあ発売されてもできないんだけど。


「エディト様は、もっと自分に正直になっていいんです。自分がしたい事をしていいんですよ」

「……僕の、したい事?」

「はい。頑張ってください、私応援しますから!」


 私で良ければ幾らでもエールを送るので、クロリンデを裏切る展開だけは勘弁して欲しい。私の説得に胸を打たれたのか、エディトは虚を突かれた表情のまま暫く私を見つめた。ようやく硬直が解けてのち、柔らかな笑みをこぼす。


「そう、だね。……勇気を、出してみるよ」


 やった。やったよ私。ゲームにない展開だったけど、どうにか自力で誘導できた。私だってやればできるんだ。後はエディトと一緒にこのイベントをクリアすればいい。エディトは押しに弱いから、絶対に窓を見ないでついてきてって頼めば、多分従ってくれるよね。うん、落ち着いて考えたら、どうにかなる気がしてきた。そうと決まれば、まずは移動しないと。


「あ、あれ?」


 立ち上がりかけた足が、へにゃりと力を失う。身体が重い。力が上手く入らない。気を抜くとすぐにでも眠ってしまいそう。驚いて隣を見るも、エディトも同じらしく、困惑した眼差しで見つめ返していた。


 まさか、事件が解決するまで意識を失っていた、他の攻略キャラと同じ状態になりかけてる? 私リリアなのに、なんで私もエディトも眠そうになってるの!? 私が本当のリリアじゃないから、白魔法の力が上手く発動できてないの? これで私とエディトが寝ちゃったら、悪魔の完全勝利? 世界滅亡? クロリンデどうなっちゃうの? ダメだよ、絶対悪魔令嬢にさせないって決めたのに!


 どうしようどうしようどうしよう。もう瞼も開けていられない。倒れた感覚すら、ひどく遠い。どうにかしないとダメなのに。誰か助けて、誰か──。


『助けてあげようか』


「──え?」

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