第26話 肝試しイベント

「やってきました、夏休み一大イベント、肝試し!!」


 ルーリィの喧しい声が、夕方の寮室に響き渡った。煩いわよと文句は言いつつ、耳は傾ける。何しろ今夜の予定は、予言書にも記されているらしいから。


 最近生徒達の間で、怪しい人影を見たという話が広まっている。幽霊、悪魔、ただの動物と統一感のない情報の中でも、共通している条件。それは、夜遅くまで学園に残っている事であった。ノーレス先生は噂の審議を確かめるべく、生徒達の大半が校舎にいない夏休みの間に特専クラスの皆で調べてみましょうと提案してきた。それがつまりは肝試し。あの教師、噂にかこつけて生徒を悪い遊びに誘おうとしているのではないでしょうね。


「肝試しはいいけれど、明日またテストをするから、そのつもりでいなさい」

「イベント後に即テスト!? 真面目過ぎません!?」


 即席で叩き込んだ知識が身についているか確認するには、むしろ絶好のタイミングだと思うのだけれど。既に準備し終えている私自作のテストから目を逸らし、いいですかクロリンデ様、とルーリィは話題を戻した。


「肝試しイベントは、新しい悪魔が登場するんです。それが凄く危険でヤバい奴でして!」

「リリアでも攻略できないの?」

「できませんよ!? 会う男全員落とす魔性のヒロインじゃないんですからね!」


 あら意外。それなりに関わる男全員と恋愛関係になってもおかしくないと思っていたから。現にリデルとも純愛ルートが存在するのだし。


 それにしても新しい悪魔ね。きちんと結界を修復できたのはシエル様の件だけだし、魔物や悪魔の侵入を防ぐ結界の機能が落ちてきているのかもしれない。現状の明確な打開策がないまま、リリアもといルーリィが誰かと恋愛関係となり結界を修復するなんて、ふわっとした予定にまかせて大丈夫なのかしら。現状のルーリィは私とばかり交流したがっていて、どのルートに入るつもりかは全く聞かされていないのだけれど。まさか、成り行きに任せて無計画じゃないでしょうね。


「まあ肝試しイベは本来リリアと攻略キャラ一人の交流がメインだから、クロリンデ様には関係しなさそうなんですけどね」

「不測の事態が起きる可能性があるでしょう。私にも情報を共有してちょうだい」

「おお、真面目な意見……。ではお伝えします。皆攻略キャラなだけあって、グッとくる展開が用意されていてですね」

「恋愛部分はカットしていいから、かいつまんで話して」


 リリアと男性方の恋模様なんてどうでもいいのよ。それよりも夜の学園で何が起きるか、新しい悪魔についての情報の方が重要だわ。生き生きと口を開こうとしていたルーリィは、少し残念そうにしてから予言書の内容を話し始めたのだった。




※※※




 深夜にて。ランタンを持参した私達は、ノーレス先生から簡単に説明を受けていた。休み中とはいえ授業の一環だから、皆制服を着て校庭に集まっていた。


「──夜の見回りの説明については、以上となります」


 これはあくまで課題授業であり、決して遊びではない事。新たな結界の綻びが見つかるかもしれないから、くれぐれも注意する事。そして魔物が出たり危険を感じたら必ず誰かを頼るように、と先生は再三発言してきた。


「分かりましたね、クロリンデさん」

「勿論ですわ、ノーレス先生」


 表面上は優雅に微笑んで頷くも、内心言い返したくてたまらなかった。どうして私を名指しで注意するのよ。独断専行ならシエル様の方が要注意人物でしょうに。大体以前は自分を呼べとか言ってきた癖に、もう誰でもいいのね。自分が助けるなんて、面倒だと思い直したのかも。まあ、別に、どうでもいいのだけれど。


 あくまで淑女らしい風格を保ちつつ、先生からブローチを受け取る。各自受け取ったそれは彼の自作で、もしもの時のためのお守りだと言い含められていた。ルーリィの事前情報通りだ。


「では、肝試しスタートです!」

「せめて最後まで課題授業の皮を被ったままでいてくれませんか」


 ノーレス先生の明るい掛け声を聞き、シエル様が私の内心を代弁してくれた。




※※※




 意識が覚醒して最初に気付いたのは、頬に触れる床の感触だった。身体を起こし、辺りを確認する。先程まで全員で廊下を歩いていた筈なのに、今私がいるのは、どこかの空き教室だった。私の立てる物音以外何も聞こえず、人の気配もない。持っていたランタンが何故か見当たらなくて、周囲の様子を詳しく確認するのも難しい。普通に行動する分には問題なさそうなのは、空が異様に明るいからだった。


「鮮血の、空……」


 滴り落ちるような赤に染まった夜空。空気すら血を孕んでいるように、鉄錆の臭いを漂わせている。月も星も見当たらないのに、窓向こうの景色は爛々と輝いているよう。遠くに映る景色は見慣れている筈なのに、まるで初めて見たような空々しさを感じさせる。事前に聞いていても、不気味な風景に震えそうになった。


 自らの頬をそっとつまんでみる。夢の中なのに痛いと感じるのは、奇妙な気分ね。ルーリィ曰く、ここは悪魔が作り上げた夢の世界らしい。本来悪魔と魔物以外は意識を失い活動できなくなるけれど、白魔法の能力がかなり高い者だけは、魔法を跳ね除け意識を保っていられるのだとか。なのに私が行動できているのは、あまり考えたくはないけれど、私の体質が普通の人間より悪魔に近いからとかかしら。


 とにもかくにも、まずは誰かと合流できないかしら。白魔法に頼れない以上、自力でどうにかするしかない。空き教室の扉を開け、廊下に視線を巡らす。魔物の姿がないのを確認してから、息を大きく吸った。


「誰か! 誰かいないの!?」


 誰でも……、いえ、悪魔以外で誰かいないかしら。私の声は廊下に空しく反響し、静けさが戻ってくる。そうよね、こんな簡単に合流できるわけがないわよね。扉のふちに手をかけたまま項垂れる。猫背になりかけた背中を、後ろから何かが突然叩いた。


「いるぜ、ここにな!」

「キャッ!?」


 つい子供じみた悲鳴を上げ振り向くと、ヒノが笑顔で立っていた。いつの間に背後を取っているのよ。まさか、わざとドッキリを狙ったんじゃないでしょうね。


「一人とでも合流出来たのは、不幸中の幸いだな。他の連中の姿は見かけたのか?」

「い、いえ……」

「そっか。じゃあ二人で探しに行こうぜ!」


 明るくも強引な彼に促される形で、廊下に並ぶ。まさか本当に誰かと会えるなんて、私に素質は無いのにどうして……。偶然ヒノが傍にいただけなのかしら。それとも、誰でもいいから呼べと忠告していた先生の仕業? 貰ったブローチに、魔法がかけられているのかも。ランタンは行方不明になったのに、これは手元に残っているのだし。何にせよ、行動力のある彼が同行するなら、悪い話ではないわよね。武力も備えているらしいし、不気味な空をものともしない図太さも、この状況では利点だわ。


 今一度空の様子を確認して、大きく目を見開く。透明なガラスは外の景色だけでなく、薄っすらと廊下側も表面に映し出していた。長い黒髪と、赤い瞳。派手なドレスに濃い化粧。蝙蝠に似た羽や、頭部から生えた鋭利な黒色の角。


 知らない私が、私を見ている。

 私を、見つめている。


「ん? どうした、クロリンデ?」


 もう一つの人影が、不思議そうにこちらへ近寄る。窓に映る異国の服を着た男は、ぼたりと赤い液体を滴らせていた。

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