黒光りする”そいつ”だって じっと見てしまうモノがある
渡貫とゐち
黒光りする”そいつ”だって じっと見てしまうモノがある
――カサカサ! という嫌な音が聞こえた。
開いていた動画が終わり、音が消えた『シーンとした』部屋だからこそ分かった……分かってしまった。最悪だ、知りたくなかった事実だ。
知らなければ、アホな顔をして寝ることができたのに……。しかし、分かってしまえばもう無理だ。部屋の金属ラックの下や押し入れの中まで確認しなければ気が済まない。
おい、一体おまえはどこにいる……出てこい!!
呼んだから、というわけではないだろう……、黒光りした平べったいそいつが、ラックの下から出てきた。ひょこ、ではなく、体感的には、どんどんどん! と大きな足音を立てて出てきた感覚である……い、意外とでかい……。
よく見れば、黒いというか、明るい茶色だった。それがまた不快感を増加させてくる。
じ、と見つめ合う。
あいつがこっちを見ているかは分からないけど、二本の触覚だけはちらちらと動いている。き、気持ち悪っ!
とにかく、ティッシュを何枚か取って、あいつを潰す――と、液体が飛び散るだろうから優しくふわっと取ってやることを意識し……、――あ!
しゅばばば! とカーペットの上を走るあいつ。
走るというか、滑るように移動するあいつは再びラックの奥へ逃げ込んでしまった。
クソ……! 荷物が多いから一度出さないと裏側まで見えないのだけど、それをやり出すと時間がかかるし、部屋が散らかればあいつが逃げやすくなる。
物の多さは隠れる場所の多さに繋がるのだから――。
ヤバイ、どうする。スプレー型の殺虫剤をテキトーに撒いてみるか? 部屋が匂うようになるが、最悪、あいつを殺せるならそれくらいはまあ……受け入れるしかない。
あいつと共に過ごすのとどっちが良いのかって話だ。
覚悟を決め、立ち上がったところで、気づけば次の動画が再生されていた。そう言えば、自動再生にしていたんだっけ? …………、映画が始まった。期間限定の無料公開中らしい。
思えば、これ、見てなかったかもしれない……テレビで何度も放送していたけど、毎回見れていなかった……。意識して見なかったのだけど。
限定、という言葉に弱いおれは、冒頭だけのつもりが気づけば魅入ってしまっていた。そのまま、『なにか』を忘れて半分ほど映画を見終え――――
ふと後ろを振り向けば、壁に張りつくあいつがいたことを思い出した。
「うぉっ!?」
茶色いそいつは壁に張り付いたまま動かない……。おれが近づいても、指で小突こうとしても、警戒も忘れて……。なんでだ?
こいつの目がどこを向いているのかは分からないが、恐らく、視線はパソコンの画面――映画に向いている。
確かにクライマックスに近い、盛り上がってるシーンだけど……、こいつも映画が気になるのか? おれの部屋に隠れていたなら、映画だけでなくアニメやバラエティも一緒に見ていたのかもしれない……、贅沢なゴキブリだ。
そして、映画が終わったところで、おれはそいつをティッシュでつまんだ。
優しくふわっと……しかし、慈悲はなく。映画を最後まで見せてやったのだから優しい方だろう。それにしても……ゴキブリでさえ気になる、か……。
そこで、思いついたことがあった。
おれは、お気に入りのアダルトビデオを流してみた。
隣の部屋に聞こえるかも、とか、今だけは度外視して大音量で流す。
画面はやや上向きにして……、こうすることで、視聴する時のベストポジションが、上から見下ろす形になる。
そう、映画に魅入っていたあいつのように。
「……うわ、ちょっとトイレにいってたくらいで、こんなに集まるか……」
おれがいなくなったのをいいことに、顔を出してきやがった。
壁には、数匹のゴキブリが集まっていた。アダルトビデオで寄ってくるゴキブリとか……なんだか殺しにくいな……。
結局、おれたちと大して変わらないじゃないか。
そいつらは、触覚が左右に揺れて楽しそうだ。
横に並んで動画を見るゴキブリたち――、なかなか気が合う連中だった。
出会い方が違えば、いい友達になれたかもな。
そう思いながら……、一思いに粘着テープで捕まえてやった。
このままゴミ箱へぽいだ。
悪かったな、こんな恥ずかしい駆除の仕方で。
不意に見つけてしまった、新しく、効率的な害虫駆除の方法――
現場を傷つけない、荒らさない手段になるだろう。
しかし、問題点がひとつある。
……メスは、誘き出せないよな?
… おわり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます