第6話 新たな道

 帝国の門前に到着し、俺たちは入国審査の順番待ちをしていた。

 その名のとおり、帝国には獣人、エルフ、ドワーフといった多種多様な種族が行き来している。


「アルバートさん」

「はい? 何かありましたか?」

「念のため、刀は隠した方がいいですよ。冒険者の中には、刀を持っている人を特に軽蔑する風潮がありますから」


 俺の腰に差している刀。その視線に気づいて周囲を見渡すと、刀を物珍しげに見つめる者、不思議そうに俺を観察する者、あからさまに蔑んだ目を向けてくる者までいた。

 その中に、俺を肯定的な目で見ている者はいない。


 まぁ、仕方ない。

 俺はそう割り切って、刀を異空間魔法でしまい込んだ。


 すると、さっきまでの冷ややかな視線が一変し、今度は羨望の眼差しが飛んできた。


「アルバートさん、異空間魔法使えるんですか?」

「まぁ、一応。容量は少ないですけどね」

「それでも十分すごいっすよ! うらやましいっす! 俺、練習したっすけど、全然できる気配すらなかったっすよ!」


 ――異空間魔法。

 使用可能な者は、全人口のおよそ一割。

 冒険者としての経験、戦闘能力、知識量などに関係なく、使えるかどうかは完全に“適性”による。


 他の魔法とは違い、異空間魔法は努力や学習では補えない。

 異空間魔法が人を選ぶと言っても過言ではない。

 加えて、その空間の広さにも個人差がある。


 その異空間は、時間が止まった状態で物を保管できる特別な“バック”のようなもの。

 中の物同士は干渉せず、劣化も起きない。


 まさに夢のような魔法だが、習得を目指して挫折する冒険者は後を絶たない。

 ちなみに俺がこの魔法を覚えたとき、父上は一度も褒めてくれなかったけどな。


 そんなこんなで、入国審査の番が回ってきた。


「身分を証明できるものを提示してください。ない場合は、銀貨二枚をお支払いください」


 ありがたいことに、この世界では前世と違って通貨は共通だ。

 銅貨、銀貨、金貨、そして白金貨。十枚で一つ上の硬貨に交換できる。


 俺は銀貨を取り出して渡し、バングたちは冒険者証を提示。

 審査に引っかかることもなく、無事に通過できた。


「じゃ、私たちは一度ギルドに顔出してきますね」

「わかりました。色々ありがとうございました」

「おう! 今度会えたら、なんか奢ってくれよ!」

「では、失礼します」


 とりあえず、ここで一旦解散って感じか。

 周囲にはいくつもの出店が並び、特に食べ物の屋台が賑わっていた。


 俺は初めて見る景色に目を輝かせながら、ゆっくりと歩を進める。

 周囲を見渡すと、やはり冒険者風の格好をした人が多い。

 何かしらの武器を携え、防具を身につけている。

 理由は様々だろうが、獣人などの肉体に恵まれた種族が多いのも関係していそうだ。


 そんなことを考えていると、ある懐かしいものが視界に飛び込んできた。


「……おにぎり、か?」


 そう、米を三角形に握った、まさに“おにぎり”だ。

 この世界にも米のような作物があるのは知っていたが、まさか本当におにぎりが存在するとは思っていなかった。


「すいません」

「あいよー!」

「これ、一つください」

「毎度あり! 銅貨二枚ね!」


 香ばしい匂いが鼻をくすぐる。中身は焼いた魚のようだ。

 一口かじると、ほくほくとした米の甘みが口の中に広がり、具材との相性も抜群だった。


 俺は久しぶりの“米の味”を噛みしめながら、宿を探すために街を歩き出した。


* * *


 翌日。

 近くにあった普通の宿に泊まり、ぐっすりと眠った。

 ここ数日は戦闘続きで、まともに眠れた記憶がない。ほぼ気絶に近い状態だったから当然だ。


 今日は、やるべきことがある。

 それは――冒険者登録だ。


 登録可能な年齢は十五歳から。俺は十六なので、問題はない。

 最初は稼ぎも少ないだろうが、地道にやっていこう。

 そう思いながら、冒険者ギルドの扉を開いた。


 中に入ると、数人がこちらをちらりと見たが、すぐに視線を外した。

 それ以外の者は、仲間と打ち合わせをしていたり、食事や酒を楽しんでいたりと、それぞれの時間を過ごしている。


 俺はきょろきょろと辺りを見回しながら、端の方にいた受付の女性に声をかけた。


「すいません。冒険者登録をしたいのですが」

「かしこまりました。では、こちらにご記入ください」


 渡されたのは、一枚の登録用紙。

 名前、年齢、得意武器などを記入する欄が並んでいる。

 俺は黙々とペンを走らせる。


―――――― 冒険者ギルド登録用紙 ――――――


【氏名】アルバード


【種族】ヒューマン


【年齢】16


【性別】男


【出身地】記憶喪失のため不明


【得意武器・戦闘スタイル】刀(居合)


【職業(クラス)】なし(なし)


【スキル・適性】槍術


【保証人】なし(自己責任にて)


【登録理由】金を稼ぐため


【誓約文】

 私はギルド規約に従い、すべての任務に責任を持って当たることを誓います。


 ……よし、こんなもんか。

 俺は受付嬢に用紙を渡す。だが、彼女はある欄に目を留めたまま、しばらく固まっていた。


「……刀、使うんですか?」

「え、あ、はい。そうです」

「……かしこまりました」


 そう言って彼女は、少し表情を曇らせながら奥の扉へと消えていった。

 その顔は、どこか嫌悪と苦悩が混じっているように見えた。


 やがて彼女が戻ってくる。手には一枚のカード。


「こちらが冒険者カードになります。色でランクが判別できる仕組みです。初期ランクはEです。自分のランクより上の依頼も受けられますが、報酬額は変動する場合があります。カードには氏名のみ記載されており、身分証明書としても使用できます。再発行には時間がかかりますので、紛失や盗難にはご注意ください。それでは、ご武運を」

「ありがとうございます」


 カードは、手のひらよりもやや小さめ。

 使い古された灰色の木製で、中央には魔力認証用の紋章が刻まれていた。


 前世で死に、家族にも見放された俺。

 それでも——

 この第二の人生、まったりと堪能してやろうじゃないか。

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