第5話 信じた刃、知らぬ地へ

「げ、それ刀っすか?やめた方がいいっすよ」

「私、初めて見たかも。刀使ってる人なんて」


 俺が刀について考えていると、仲間の一人が、俺の腰に添えた刀を見て言った。

 ――まあ、この世界では刀なんて実用に向かない武器。冒険者からすれば、ただのゴミみたいなもんだ。


 だけど俺にとっては違う。

 周囲にどう思われようと、これは前世から慣れ親しんできた武器。

 記憶の断片、身体に染みついた技術、そして――なぜか分からないけど、構えた瞬間に湧き上がる不思議な自信。

 命を救われた者として、この刀を最後まで信じて使い切りたい。


 俺は、彼らに向き直って言った。


「……俺は、この刀に可能性を感じたんです」

「可能性?」

「これが原因で、いつか死ぬ時が来るかもしれない。……でも、それならそれで本望です」

「……そうですか。なら、止めませんけど」


 彼らは少し困ったような顔をしながらも、納得して引いてくれた。


 ……それより今、重要なのは森を出ること。そして、リアの無事を確認することだ。

 二度の戦闘で気を失っていた俺には、どれだけの時間が経っているのかもわからない。

 この場所がどこなのかも、まるで見当がつかない。


「ここから、どっちへ向かえばいいですか?」

「ああ、右手に向かって十分ほど歩けば、エーテル帝国に着きますよ」

「あり……がと……え?」


 エーテル帝国――この世界の地図上、北東部に位置する最大の国。

 多民族国家であるがゆえに領土も広く、内戦も頻発するが……問題はそこではない。


 俺が迷い込んだ“死の森”と、かつて暮らしていたフォン家は、ゼニトラ王国という西方の国にある。

 つまり、俺は西から北東へ、文字通り“飛ばされた”ということだ。


 思い返せば、あのとき刀を手に取った後、地面に刻まれた抉れ跡はきれいさっぱりなくなっていた

 ……もしかして、あの時点で既に転移していたのか?

 それにしても、なぜ“フェンリルノクス”まで一緒だったのか――理由はわからない。

 刀を取ったことで、何かが起きたのか……?


「あのぉ、分からないなら、案内しましょうか?」

「え? ああ……じゃあ、お願いしてもいいですか?」


 考えたところで、結論にはたどり着けそうにない。

 一度、考えるのはやめよう。今すべきことを整理して、優先順位を決めるんだ。


 まず、リアについて――彼女の実力なら、一人でも生き延びている可能性は高い。フォン家に戻っているかもしれない。

 次に転移の件。たぶん向こうでは、俺は死んだことになっているだろう。それなら、無理に掘り下げる必要もない。

 そして、最優先は金銭の確保。

 冒険者として活動して稼ぐのが、手っ取り早いだろう。刀も手に入れた今なら、戦闘もこなせる。


 そう考えていると、剣士の彼が話しかけてきた。


「自己紹介しておこうか。俺は“月影の探索者”のリーダー、バングだ」

「私はヒーラーのエリスです」

「タンクのグレンです」

「アルバートです」

「じゃ、出発するか! はぐれんなよ!」

「こらバング!けが人いるんだからもうちょい慎重に!」


 バングは元気よく剣を掲げながら先頭を歩き出した。

 それをたしなめるように動くグレン、静かに見守るエリス。


 バングたちのパーティーは、パーティーランクBだと言っていた。

 ヒーラーもタンクもしっかりしているようで、リーダー兼前衛であるバングも動きやすそうだ。


「三人は、いつから冒険者を?」

「九か月前に登録しました」

「僕は、こんなにスムーズにBランクに上がれるとは思ってなかったですよ」


 父の書斎で、冒険者ランク制度について読んだことがある。

 ランクには、大きく分けて二つのコースがある――単独冒険者ランクとパーティー冒険者ランクだ。


 単独冒険者ランクは、個人で依頼を受ける者に与えられるライセンス。

 E→D→C→B→A→Sと昇格していく。条件を満たせばランクアップが可能だ。


 一方、パーティー冒険者ランクは、最大8人までで構成されるチーム向けのランク。

 単独と同じくE〜Sまであるが、こちらの方が昇格しやすく、人数が多ければその分早く上がる傾向がある。


 Bランクに到達できるのは、全体の12%ほど。

 そんな上位帯に九か月で入門できた。

 ……普通にすごいと思う。


「あっ、見えてきたぜ!」


 歩き始めて数分。軽い雑談をしていたら、あっという間だった。

 森を抜けた先の草原は、ゼニトラ王国付近の風景と大差なかった。

 けれど、その草原の奥に――圧倒的な存在感を放つ建造物。


 ――あれが、エーテル帝国か。

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