第54話 解説する者
「どうして、そういうことになるんだ?」
カムイという少年は瞬間移動の女の子の『お兄ちゃん』の殺害を仄めかして、彼女を誘い出そうとしている。
ホウジョウの端的な説明にケイは率直な疑問を返した。
ケイはベリーショートの女子とサイドテールの女子が揉め出した際にホウジョウに促されて逃走し、その後2人で身を潜めていた。
「あいつの発言をまとめて考えるとだな。生き返ったら能力で、俺たちが運びこまれているだろう病院にいる人間を手当たり次第に殺す。病院には俺たちの家族が駆けつけているはずだから、巻き込まれるかもしれない。それが嫌なやつは自分を倒しに来い。
そう言っているんだと思うんだが。
なんで、あの女の子と『お兄ちゃん』に限定されるんだ?」
「トゲの人が最後に変な言い方をしていたから」
ホウジョウは無表情で答える。
「生き返ったら起こすつもりの惨事に家族が巻き込まれるかも。
具体的には『お父さんとか。お母さんとか。お兄ちゃんとか』
変でしょ?」
「え? ええと」
何かおかしいだろうか?
ホウジョウの問いかけにケイは少し考える。
「お兄ちゃんとは言っているのに、お姉ちゃんとは言っていない?」
思いついたことを自信なく口にする。
「正解」
意外なことにホウジョウは頷いた。
「もう一つ。『お父さん』『お母さん』なのに、『お兄さん』ではなくて『お兄ちゃん』って言っていた」
「確かに統一性には欠けるけど。それがなんなんだ?」
「トゲの人はお兄さんがいて、なおかつお兄さんのことを『お兄ちゃん』って呼んでいる人物に狙いを定めて挑発する言い回しをした」
ケイの頭の中で(お兄ちゃーーん!!)という叫び声が聞こえた。叫んでいたのは、瞬間移動の力を持つ美少女だ。
「カムイが言っていた『お兄ちゃん』ってのはあの子の兄個人を示していたってことか?」
「そういうこと。あの子にお兄さんがいること。お兄ちゃんと呼んでいることはあの場にいたみんなが把握している」
「叫びまくっていたからな」
「そう。だからあの子はもとより、ボクたちにもトゲの人があの子を呼び出そうとしているのだと、察することができる。
あの場にいなかった残り1人があの子の『お兄ちゃん』のことを知ってるかどうかは多分問題にならない。『お兄ちゃん』のことを知らなくても、トゲの人の言葉の不自然な点に気づけば推察できる。この拡声器越しに話している人は、お兄さんのいる誰かを呼び出そうとしてるって。
残り1人にもお兄さんがいる可能性はあるけど。
でも、その人にお兄さんがいることをトゲの人が知っているはずがないなら。そのことに気づけば、自分以外のお兄さんがいる人物に対する呼びかけだということは察せられる」
どうでもいいことだが、名前がわかっても、ホウジョウがトゲの人呼びを続けていることにケイは気づいた。ケイの呼び方は、あっさりと君付けから呼び捨てに切り替えたのに。
「トゲの人はここまで残ってきた人たちなら、それなりに頭が回る、自分の言ったことの意味に気づくと考えた。
気づけば、あの子が『お兄ちゃん』を守ろうとして、トゲの人に挑むと予想できる。
そして、あの子がトゲの人に挑んで返り討ちにあえば、実質戦いは終わり。重傷者2人が消えるのは時間の問題。
ほかの人たちは、リスクを冒さなくてもいい。
ただ待っていればいい」
「カムイは、あの子を呼び出すのと同時に、ほかの奴らが来ないようにって考えたわけか。探す手間を省きつつ、一対一で確実に勝利を納めるために。生還を確定的にするために」
「そういうこと」
ホウジョウは付け加える。
「あの子を標的にしたのは、あの子1人を呼び寄せられそうな材料があったから。
多分、トゲの人は、残った誰が相手でも勝つ自信はあるんだと思う。一対一なら」
「でも、ずいぶんと回りくどい言い方じゃないか」
「あんまりはっきり言うと、挑発だって見え見えになるからだと思う。瞬間移動の子が冷静になってしまうと考えたんだと思う」
はっきり言わないで、自分で気づかせた方が、頭に血がのぼる効果が期待できるということだろうか。
「だけど、あいつの言ったことが本気だったら」
生き返った後、殺戮を繰り広げるつもりなら。
「俺たちの家族が危ないことに変わりないんじゃないか? あいつを止めないとーー」
そうだ。両親を危険に晒すわけにはいかない。
瞬間移動の少女が向かうなら、加勢するべきではないか。
「でも、本当に能力が生き返った後も使えるかわからない。トゲの人の仮説は間違っているかもしれない。
だいたい、空からの声の主も能力を使えるままにして、せっかく生き返らせた人をすぐにまた死なせるかもしれない事態にはしないんじゃない?」
「生き返った途端、殺戮を行うやつの存在を想定していないんじゃないか?」
「かもしれないけど。
そもそも殺戮の話は、あの子を誘い出すためのデタラメかもしれない」
「それはまあ、そうだけど」
「本当にあるのかわからない家族の危機のためにトゲの人に挑むのは無謀。
もし本気だったとしても、負ければ生き返られないし、トゲの人も止められない。
なんの意味もない。
勝てる確率が高いなら、虚言かもしれなくても、トゲの人をここで倒そうとするのもいい。
だけど、トゲの人は強い。
ケイでは勝てない」
言い切られてしまった。
「ボクと2人がかりで挑んでも、勝てる見込みは薄い。
本当にあるかわからない生き返った後の危機のために、ほぼ確実に生還の権利を獲得できるチャンスを捨てたら元も子もない。
まずは生還の確定を第一に考えべき。
トゲの人の言ったことが全て事実だったらその時はその時。その時なんとかする。
トゲの人が能力を使えるなら、ボクたちも能力を使える。
ボクたちでなんとかしなくても、警察とかが駆けつけてくれて、トゲの人を止めてくるのも期待できる。
あのトゲも銃を持った多数の警官には敵わない。
この世界であえてトゲの人に挑む理由は薄い」
「確かにそうかもしれないけど」
警官が止めてくれるかもって、そうなる前に多数の犠牲者が出るんじゃないのか?
その中にケイ自身や両親が含まれていることだって考えられる。
だが、そもそもがデタラメな話かもしれないし。
せめて、殺戮宣言が本気なのかどうか問いただしに行くべきじゃないか?
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