第42話 やって来た者

 ハセガワミリの細い体を、彼女の身長よりも遥かに長く、それでいて太い、黒色のトゲが突き通していた。

「ハセガワ!」

 普段は声を荒げることがないコウの口から絶叫が上がっていた。

 オチアイユメがハセガワに向かって手を伸ばした。

 黒色のトゲが地面へと引っ込む。

 オチアイとハセガワの姿が消える。

 一瞬前まで2人がいた場所に向かって地面からトゲが再度生え出した。

 そしてまたトゲが引っ込むと、物陰からひどく痩せた不健康そうな少年が姿を現した。少年はコウの方へと歩き出す。

 黒いトゲを出せる範囲に自分を入れようとしているのだと察し、コウは距離を取った。

 ハセガワとオチアイの姿を探す。

 見当たらない。

 遮蔽物の向こう側まで移動したのか。

 能力の定められた移動距離と、オチアイが消える前に向いていた方向から、2人のいる位置の目星をつける。シンキロウのいるところから少し外れた方向にあるブロック塀。

 コウは2人の元へ向かうべく駆け出した。

 

 シンキロウは痩せっぽちの少年に、睨むような挑むような視線を向けていた。

 アイツだ。

 確証はないがシンキロウは直感した。ハセガワが人物像を推量していた1人目を退場させた者。

 痩せっぽちの少年は薄ら笑いを浮かべていた。

 

「ミリちゃん! ミリちゃん! ミリちゃん」

 ユメは真っ白な顔をしたミリに繰り返し呼びかけていた。

「ユメさんーーあのトゲは、おそらく目に映っているところからしか生やせない」

「ああ、どうしよう! お兄ちゃんどうしよう! どうしようお兄ちゃん! どうしたらいいの? ミリちゃんが、ミリちゃんが」

「また、お兄ちゃん、ですか」

「もう少しだよ、ミリちゃん。もう少し頑張れば生き返れるんだよーー」

「本当に、全くなんで、あの人は、こんな子を」

「ごめんねミリちゃん、わたしを庇ってくれたんだよね」

「ま、いいですよ。あの人も、私より、貴方が生きている方が、嬉しい、はずだから」

 カランという硬い金属質のものが別の硬いものにぶつかったような音がミリの足元からした。

 ミリの体が光となって消えた。そのあとには、彼女が護身用に作った柄まで金属でできたナイフが残されていた。




 そろそろ残り人数と周辺の確認のために、バルコニーに出ようかとケイは思い立った。

 最後に空に浮かぶカウントを確認した時点では残り13人だった。

 それから数十分経っているから、さらに減っているかもしれない。

 自分が仲間たちと逸れた時点ではまだ24人だった。

 あれから、11人も脱落してしまっている。

 仲間の4人が残っている可能性はもはや相当低いだろう。

 そろそろ、あの4人が残っていない前提で身の振り方を決めてもいいのかもしれない。

 このまま隠れたまま残り5人に入れるのならば、それがベストではある。

 敵に見つからないかとビクビクしながら過ごすのも辛いが、戦うよりはマシだ。

 いや、どうだろう。

 1人で怯えながら過ごすのも精神的に参ってしまいそうなくらい辛いものがある。

 かといって、積極的に行動する気にもなれなかった。

 動くにしても、仲間ができたら。仲間になってくれる人が運良く来てくれたらだ。

 何やら駆け回っている奴はいたが、あっという間に行ってしまうので声をかける暇もない。

 声をかけられたところで仲間になってくれるかどうかわからない。

 それは誰が来ても同じと言えなくもないが。

 仲間を求めている者なら、多少心細そうにしているのではないかとは思う。側から見た自分がおそらくそうであるように。

 自分が入る余地がない5人のチームばかり残っていたらどうしよう。

 いや、5人のチームばかりといっても、最大で2グループ、10人。

 最後に確認してから人数がまだ減っていなければ、自分を除いて2人は余るのだから、仲間になれる者はまだいるはずなのだ。

 だけど、走り回っている奴のように何を考えているのかわからない、得体の知れない奴もいる。そいつがまだ残っているかはわからないが。

 1人や2人でいる者の中には、自分のように隠れることを選んだ者がいてもおかしくない。

 隠れている者同士が遭遇することは根本的にありえない。

 手を組める相手が動いてくれているとは限らないのだ。

 このまま組めそうな者が訪れる気配が全然ないようなら、どうするか。

 ここから出て、誰かを探しに行くしかないか。

 いや、敵も来ないならば、わざわざこの場所を動く必要もない。

 自分から見つかる危険性を侵すメリットがあるのか?

 強いて言うならば、仲間がいると心強い。

 だが、それは無事仲間が見つかったらの話だ。

 見つかるまでの間は、今隠れている以上に心細い思いをすることになるだろう。なるに決まっている。

 やっぱりここを出るべきではない。

 しかし、残り11人まで減ってしまったら?

 本当に自分以外5人チーム二組しか残っていない可能性も出てくる。

 だが、その二チーム同士がぶつかり合ってくれれば。場合によっては、合わせて6人の脱落者が出て、残り5人になってくれる可能性だって考えられるではないか。

 とにかく、まずは一度、残り人数を確認してーー

 ガキン、という硬質な音が聞こえた。

 何事かと、ケイは警戒しつつ二階のバルコニーに様子を見にいく。

 茶髪の少年と目があった。

 端に金属製のフックが付いたロープを手にしている。

 あれを屋上のヘリに引っ掛けてよじ登ってきたのか。

 ロープの少年は、軽い挨拶の一つもしなかった。

 挨拶がわりとでも言うかのように、フックをケイに向かって投げつけてきた。

 ケイは身を捻り、かろうじてそれを躱した。

 なんだ、こいつ!? いきなり攻撃してきた! 1人のようなのに! 仲間に誘おうとか考えないのか?

 ケイは階下へ引き返した。

 一応、一階にも武器として使えるように瓦礫は用意してあったが、ケイはそれを無視して瓦礫を積み上げたバリケードへと駆け寄った。

 瓦礫をどかして外へ逃げるのだ。

 どかしている最中、当然ながら後ろに気配を感じた。ロープの少年がケイを追って階段を降りてきたのだ。

 深く考えてやったことではない。ケイは、自分の胴体くらいの大きさの瓦礫を手に振り返った。

 硬いもの同士がぶつかり合う硬質な音がした。

 ロープの少年の腕が弾き返される。ロープの少年は投げるのではなく、フックを掴んで直接ケイのことを殴ろうとしていた。

 ケイは瓦礫を盾がわりにしつつ、外に出た。

 ロープの少年も後に続いてくる。

 ケイは、瓦礫を構えたままロープ少年と距離を取るようにジリジリと下がる。

 ロープ少年はこちらの出方を伺っている様子だ。瓦礫を投げつけて来るのを警戒しているのかもしれない。

 どうする?

 このまま走って逃げられるだろうか?

 盾がわりの瓦礫は、発泡スチロールのように軽くはなっているとはいえ、持ったままだと走りにくい。全力疾走は無理だ。

 捨てて逃げるか。

 いや、そもそも自分は足の速さにも持久力にも自信がない。

 体格のいいロープ少年は、足の速さはわからないが持久力はありそうだ。

 逃げ切れないか。

 思い切って殴りかかるべきか。

 ロープの少年が動きを見せたと思った時。

 誰かが駆けてくる足音が聞こえた。

 ケイもロープの少年もそちらを向いた。

 ボブカットの女の子だった。長い抜き身の刀剣を手にしている。

 ボブカット女子はロープの少年へと切りかかった。

 鋭い一閃。

 ロープの少年は腕を浅く切られて出血した。

 負傷した少年はロープを消して走り去っていく。

 驚くほどあっさりと退却していった。

 問答無用で速攻を仕掛けて、形成不利とみなしたら即行で引き下がる。これまでもそうしてきたのだろうか。

 ひとまず退散してくれたのだから、今はあの少年のことは置いておこう。

 ボブカットの女子は残心と言うのだろうか、遠ざかっていく少年の後ろ姿を刀剣を構えたままで注視していた。

 ロープの少年の姿が見えなくなると、少女は緊張を解いたようだった。手にしていた刀剣が消えた。

 少女はケイの方を向く。

 ケイの顔だけではなく、全身を大きな怪我がないか確認するかのように見てから少女は言った。

「やっと会えた、ケー君!」

 ケー君と呼ばれたワタヌキケイは言った。

「誰?」

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