第25話 籠る者(前編)
ワタヌキケイは1人だった。
灰色の世界に数ある灰色の建物の一つに、1人で息を潜めていた。
ずっとそうしていたわけじゃない。
最初から1人でいたわけでもない。
この世界に来てまもなく、目的と行動を共にする仲間ができた。
だけど、その仲間たちとはすぐに離れ離れになってしまった。
なってしまったというと不可抗力のようだが、実際はケイにも過失がある。謎の大爆発に度を失い、その場から遮二無二に逃げ出してしまったのだから。
仲間たちを置いて。
離れ離れになったと言うより、自ら離れてしまったと言った方が正確だ。
耳に入ってきた悲鳴や靴音からすると、仲間だった者たちも各々、バラバラな方向に逃げ出したようではあったが。
ケイが仲間のことなど気にかけず、脇目も振らず逃げ出したことに変わりはない。
情けない。
緊急時にこそ、人はその本性を露呈するもの。強気に振舞っていたが、自分が小心者であることくらいケイ自身が一番分かっている。
仲間たちがどうなってしまったのかは知らない。知る由がなかった。
仲間と離れて最初のうちはなんとか合流できないかと、敵に遭遇しないかと怯えながらも探し回った。
隠れた方がいいのではという気持ちもあったが、1人でいることの心細さからくる仲間を探したいという気持ちの方が強かった。
まず、爆発が起きてみんなと離れ離れになった地点に戻ることを思いついた。
襲撃された場所に立ち戻るのが単純に恐ろしくてやめた。襲ってきた相手が誰かが戻ってくると踏んで、待ち伏せしているかもしれない。
スタート地点ーーケイたちが最初にいた場所に戻るのも考えついた。
しかし戻ろうにも、その時いた場所からどこをどう進めばいいのか、わからなくなってしまっていた。
爆発のあった辺りまで行けば、スタート地点までの道も分かりそうだったが、やはり怖かった。
襲撃された場所から遠ざかりたい気持ちも強かった。
しかし、爆発場所からひたすら離れていけば、バラバラの方向に逃げていっただろう仲間たちとの距離がどんどん離れていくだけだと考えた。
近づくのも遠ざかるのダメ。
それならと、その時いた場所から、爆発地点あたりを中心にざっくりと円を描くように移動することにした。無闇に歩き回るよりも、ある程度の法則に従って移動を続けた方が出会える可能性はずっと高いんじゃないかと考えて。
しかし、逸れてからそれほど時間が経たずに4人がリタイアして、心が折れた。
最悪、ケイの仲間が全滅しているとも考えられる人数がリタイアした。
バラバラになってしまったみんなは、チームで行動している者たちの餌食になってしまったのではないか。
まだ全員無事な可能性だってゼロじゃなかった。3人か2人、1人だけでも残っている可能性だってあった。
でも、4人とももう、この灰色の世界のどこにもいないんじゃと思ったら。危険を冒して、徒労に終わるかもしれない仲間探しを当てもなく続ける気力を失ってしまった。
そして、ケイは隠れることを選んだ。
仲間がまだ残っているならば、隠れているところに運良く通りかかってくれるのを期待するしかなかった。
それから隠れ場所に良さそうなところを探した。
隠れるといっても、この世界の建物は穴だらけ。外から中が丸見えとまではいかなくても、隠れにくい。
たとえ屋外からは死角になる場所にいても、出入り口部分や窓部分から覗き込むだけでも簡単に見つけられてしまう。
この世界で一番高い建物の屋上を隠れ場所にする案もあった。
一番高い建物の屋上の中央あたりにいれば、地上にいる者たちからは死角となるだろう。
だが、倒すべき対象を探し回っている者たちが、いずれ訪れる可能性は低くない。
そうなった時、逃げ場がない。
だから、その案は捨てた。
二階建てのバルコニーがある建物を見つけて、閃いた。
ただ屋内に身を潜めるのではなく、バリケードを築くのだ。
瓦礫を運び積み上げ、建物の出入り口や窓部分をふさいでしまう。
ケイの能力なら、できないことはない。
【軽量化】
ケイが触れたものを触れている間だけ軽くできる。大きな瓦礫でも発泡スチロールくらいの軽さになる。
カシバには「ケイだから軽量化? ワタヌキのワタっていう軽そうな苗字ともかかってる?」と言われた。
そんなのはケイの知ったことじゃない。
彼女は自分やイワカベの名前と能力に関しても突っ込んでいた。
彼女なりに場を和ませようとしてくれていたのだとは思うが、今となっては気にしていられない。
出入り口が不自然に塞がっていたら、それはそこに誰かがいると教えているようなものではある。
透明人間になれる能力だったら、バリケードを作るのは余計でしかないだろう。
しかし、透明化ではなく、軽量化の能力を与えられたケイが屋内にただ隠れ、息を潜めるだけでは、あとは見つからないように祈るよりほかなくなってしまう。
祈ったところで、時間をかけて探されたら、いずれは見つかってしまう可能性が高いのではないか。
ならば、見つからないようにするのを第一に考えるのではなく、たとえ見つかっても侵入ができないようにしておく。
出入り口は塞ぐ。外敵からの侵入を拒むバリケードを築く。
そこに隠れている者がいることを明白にするリスクはあっても、誰かに隠れ家を見つかった時の対策を施しておくことを優先する。
侵入できないようにバリケードを作るだけではなくて、迎撃の準備もしておく。
隠れるというよりは立て籠る。
籠城だ。
バルコニーに出られる建物は外の様子を窺うにも、外敵の迎撃のためにもちょうどいい。
周辺に瓦礫が多いのも都合がよかった。
その建物を隠れ家にすると決めたら、軽量化を使ってバルコニーに大小無数の瓦礫を運んでいった。
この作業にあまり時間はかけていられなかった。瓦礫を運び込む作業を先に完了しないと、出入り口を塞げない。
モタモタしていたら、この辺りに誰かが来てしまうかもしれない。立て籠もる前に見つかってしまうかもしれない。
急いで、けれども慎重に。
バルコニーや屋外に出るときは、周辺に人の気配がないか、注意する。
瓦礫を置くときに大きな音が立たないようにも神経を使う。
作業開始から少しして、いちいちバルコニーに瓦礫を上げる必要がないことに気づいた。
とりあえず建物の一階に十分な量を運び入れてしまえばいい。
それからバリケードを築く。
バルコニーに瓦礫を運ぶのはそのあとでいい。
すぐに気づかなかった自分が恥ずかしくなった。
もう十分だろうと思えるだけの瓦礫を一階に運び入れ、特に大きな瓦礫を積み重ね、出入り口と窓の部分を塞ぐ。
ホッと一息ついた。
だが、すぐに気を取り直した。
まだ、瓦礫をバルコニーに運ぶ作業が残っていた。
ケイは瓦礫をバルコニーへと運んでいき、運び終えた。
そして改めて一息ついた。
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