第23話 射出

 コトリは混乱していた。

 突然アイドルかと思うほど可愛い女の子と腕が六本ある奇っ怪な姿をした男の子が一緒に現れた。

 美少女と野獣ーーいや、妖怪? モンスター?

 どこから出てきたの?

 一体何者?

 コトリは固まってしまった。

 六本腕の男の子がツバサくんに飛びかかる。

 美少女は「お兄ちゃーーーーーん!!!」と叫びながら、屋上の出入り口へと向けて走り出した。

 お兄ちゃん?

 ただでさえ混乱しているのに、また混乱する要素が増えた。

 六本腕少年がツバサくんに向かって、右側の腕三本でのパンチを繰り出した。

 ツバサくんは「うおっ」と声を上げつつ、なんとかそれを躱した。

 そこでやっと事態が飲み込めた。

 敵!

 男の子の腕が六本あるのは彼の能力! 変な能力! 

 前触れもなくいきなり現れたのは多分、女の子の能力! ワープとかテレポートとか瞬間移動とかそういうの!

 2人は仲間! わたしたちと同じペア!

 六本腕少年と美少女の2人が突如出現した際に抱いた疑問は解けたが、代わりに別の疑問も浮かぶ。

 あれ? じゃあ、なんであの子、走っていったの?

 どうして、テレポートを使わなかったの?

 なぜ、六本腕の男の子を置いていったの?

 お兄ちゃんって?

 それらの疑問について、落ちついて考えている余裕はなかった。

 ツバサ君が六本腕少年に襲われている! どうにかしないと!

「待てよ!」

 六本腕少年の攻撃を避けながら屋上を逃げ回るツバサくんが叫んだ。

 六本腕少年は律儀に待ってくれなかった。攻撃を続ける。

 ツバサくんは攻撃を避け続けつつ、言葉を続ける。

「お前ら2人じゃないのか!? オレらも2人なんだよ! 仲間を探していたんだ! 協力し合わないか!?」

 ツバサくんは奇襲を仕掛けてきた相手に同盟交渉を持ちかけた。

 確かに2人同士ならば手を取り合えるはずだ。

 でも、交渉する気があるなら、奇襲したりはしないと思うけど。もしかしたらこっちの人数を誤認していたってこともあるかも?

 なら交渉は成立するかも。

 問答無用で攻撃してきたのを水に流すのは、人がよすぎる気もするけど。組めるなら、組んだ方がいいんじゃないか。

 攻撃はやめてくれなかったが、六本腕少年は答えてくれた。

「残念だが、うちは4人でね」

 この何々、4人乗りなんだとか、4人用なんだとか、国民的アニメの意地の悪い少年のお決まりのセリフが頭に浮かんだ。

 そんな呑気なことを連想している場合じゃない。

 現れた時はものすごく可愛い子と2人だったけど、ほかにも仲間がいるらしい。

 4人組だと2人は加えられない。交渉の余地がない。

「それとも、自分だけでも仲間に入れてくれっていうか!?」

 六本腕少年の問いかけにコトリはビクッとする。

 考えもしなかった。たとえ、4人チームであっても、ツバサくん1人ならそこに加入しうるのだ。コトリを見捨てさえすれば。

「んなわけないだろっ!!」

 ツバサくんが怒鳴り気味に返した。

 ツバサくんの回答にコトリの胸が詰まる。

 彼は自分を見捨てようなんて、これっぽっちも考えたりしなかった。

「そうか!」

 六本腕少年はなぜか楽しげだ。

「1人でもどっちみち仲間には入れられねえんだよ! 変なこと言って悪かったな!」

 六本腕少年の言葉の意味するところはわからなかった。

 それよりも、なんとかツバサくんと2人でこの危機を乗り越えないと。

 でも、どうする?

 能力を使う?

 六本腕少年を攻撃する?

 でも、六本腕少年とツバサくんは、素早く動き回っている。

 万が一、ツバサくんに当たったらーー。

 それにたとえ敵であっても、誰かを攻撃することにコトリはためらいを覚えていた。

 シドウくんの言葉が脳裏をよぎる。

「心含めて色々と準備しておけ」

 思い返してみれば、あの言葉はその場にいた4人というよりは、ツバサとコトリに向けられているようだった。事態に困惑して、何をすべきか決められない2人に対する、シドウくんなりの忠告だったのではないか。

 時間はあったのに、コトリはなんの準備も心構えもできていなかった。

 忸怩たる思いを抱きつつも、六本腕少年の攻撃から屋上をあちこち逃げ回るツバサくんの姿を追って、オロオロと見守ることしかできなかった。

 ツバサくんが六本腕少年に蹴りを繰り出した。

 攻撃のためというよりは苦し紛れの牽制のために見えた。ツバサくんも他者を傷つける覚悟ができていない。

 ツバサくんの蹴りを後ろに飛び退くことで六本腕少年は回避した。

 ツバサくんと距離を取った六本腕少年は不思議そうな顔をしている。

 その時、屋上の出入り口から人が現れるのが見えた。

 すごく背の高い男の子。190センチを超えてそう。

 背中に隠れるようにして、女の子が2人。

 1人は、クラスで一番背の低いコトリよりも明らかに背が低い女の子。

 もう1人はさっき走り去っていった綺麗な女の子だった。

 そうだ! さっき、六本腕少年が自分たちは4人だと言っていた。

 なんでかわからないけど、遅れて加勢に来たんだ。自分たち2人を倒すための加勢に。

 そう理解した瞬間、コトリの中の恐怖心が膨れ上がった。攻撃してくるかも。いや、きっと攻撃してくる。

「きゃあーーー!!」

 甲高い悲鳴をあげ、考えるよりも先に右腕を屋上への出入り口をふさぐようにして立つ高身長少年へと向けて伸ばしていた。

 それに動きを合わせるかのように高身長少年もわずかに遅れてコトリに向けて右手を差し出していた。その理由など考えられなかった。

 動きだしたのは、高身長少年の方があとだが、相手に向けるように手のひらを伸ばしきったのは同時だった。

 コトリの伸ばした右の手のひらの前ににテニスボールよりも一回り大きく、青白い光を放つ球体が出現する。

 球体はボミュンという軽妙な音を立てて高身長少年めがけて打ち出された。

 コトリの能力【エネルギー弾】

 簡単にいってしまえば、バトルものの漫画やアニメでよくあるやつ! なんだかよくわからないエネルギーの塊みたいなものを飛ばすやつ!

 厳密に言えば、己の体力を球状のエネルギーの塊に変えて、打ち出す能力。殺傷能力は高くないが、威力はそこそこ、射程距離は長い。

 あ、やっちゃった。

 発射した瞬間、コトリはそう思った。

 パニックになっていたとはいえ、人を攻撃してしまった。

 エネルギー弾は高身長男子に迫る。

 当たる!

 そう思った瞬間、コトリと同じように右腕を前に伸ばし、こちらの方に向けられていた高身長男子の手のひらのほんの少し前あたりの位置。そこに半透明で長方形のプレートが高身長男子の身体を覆い隠すようにして出現していた。

 コトリの放ったエネルギー弾が半透明のプレートに衝突した。

 エネルギー弾を発射した時の音とは違った高音が響いた。

 エネルギー弾がコトリに向かって戻ってくる。

 え?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る