第15話 ペア(中編)
カンタが自分たち2人を置いて行ってしまったことを悟ったコトリの頭の中で、二つのイメージが浮かび、重なった。
一つは先程の平屋の屋上から垂れ下がるロープを掴むカンタ。
もう一つは、天上から垂れ下がる蜘蛛の糸を掴む男。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』
地獄に落とされた盗賊が、お釈迦様の垂らしてくれた糸をよじ登って極楽を目指す話。
盗賊の名前はカンダタ。
〈カンダタ〉と〈カンタ、だ〉
コトリは、あの男の子のニックネームを〈カンタダ〉にすることに決めた。
天上から垂れ下がる蜘蛛の糸をカンダタがよじ登っていると、ほかの地獄の亡者たちもそれに気付き、我先にと糸を登ろうとした。
糸が切れると思ったカンダタは亡者たちに糸を離せと叫んだ。
その瞬間、糸はぷつりと切れてしまった。
カンダタが自分だけ地獄を抜け出そうと思わず、ほかの亡者たちに糸を離すように言わなかったら、糸は切れなかったのだろうか。
糸は切れたのではなく、お釈迦様が切ったのだろうか。
みんなで登っていたら、みんな極楽に行けたのだろうか?
みんな。みんな。
「あ!」
思わずコトリは普段出さないような大声を上げていた。
「どうした?」
ツバサくんが驚き心配そうに尋ねた。
「ここにいたみんなでチームを作ればよかったんだ! 5人まで生き返られるんだから!協力できたんだ!」
「あ!」
とツバサくんも声を出した。
気づいた時には後の祭りというやつだった。せっかくのチャンス、やるべきことに気づくのが遅かったために無駄にしてしまった。
どうしよう!?
なんの気もなしに、空を仰いでコトリはさらなるショックを受けた。
残り人数を示すカウントが24に減っていた。
コトリとツバサは改めて名乗りあった。
「タカカイコトリ」
「ヤギツバサ」
今度はフルネームで。
2人だけでは心細いし、5人まで残れる気がしない。だから、コトリが提案した。
「2人だけじゃどうしようもないと思う。仲間になってくれそうな人を探そう」
「それが良さそうだよな」
とツバサくんも同意した。
5人でチームは作れなかったが、少なくともペアを組めたのはありがたかった。
正直ツバサくんのことは人は良さそうだが、頼りなさげだと思いはしたけど。
向こうもそう思っているかもしれない。コトリは小柄な女の子だし、頼りないと思って当然か。
頼れる頼れないを置いといても、最大5人で協力しあえる戦いで、2人だけ。
ため息が出そうになった。
あの場で5人揃っているうちに、チームを作ることを思いつけなかったのが悔やまれた。
だけど、思いついていたところで結果は同じだった気もする。
各々1人で行ってしまった3人。
その言動を思い返してみると、3人ともチームを組めることに気づいた上で単独行動を選んだ節がある。
シドウくんは生き返りの権利をかけた戦いに参加することを宣言した後、わざわざ「1人で」と付け加えていた。
カンダタは、ポニーテールの女の子に「1人」で行く気かと確認していた。
そして、ポニーテールの子も「1人で」と答えていた。
「当分の間」「ずっとかも」、ほかの人たちを「見定める」などと言っていたから、ポニテの子は誰かと協力し合うつもりが全くないわけではないようだ。
仲間にするにはコトリたちを頼りないと感じ、手を組む価値なしと判断したのか。
あるいは信用できなさそうだと思われてしまったのか。
カンタダのロープを使ったパフォーマンスの意味もなんとなくわかった。
カンタダはコトリやツバサと行動を共にする気はなかった。
だけど、ただ立ち去ろうとしたら、強引に引き止められるかもしれないと考えたのだろう。先に2人黙って行かせているからといって、自分もすんなり行かせてくれるとは限らない。
だから、ああいう風に姿を消したのではないか。
結局、チームを組むことをすぐに思いついていても、2人行動になるよりほかなかったのかもしれない。
移動しながらツバサくんと意見を交わしつつあれこれ考えてみた。
「たぶん、わたしたちだけが最初から5人揃っていたわけじゃないと思う」
「この灰色の世界にいるっていう25人が5人ずつ、五組に分けられていたってことか?」
「うん。5人チームを作れるようにっていうか、作りやすいように。
25人をこの世界のあちこちにランダムで立たせたら、仲間を作れるかどうかに運の要素が大きくなっちゃう」
「運良く友好的な相手に出会えて、人数を増やせていけたやつらが有利になるよな」
「逆に運悪くなかなか人に会えなくて1人のまま、最初に会ったのが5人チームなんてことになったら最悪だよ」
「どうしようもないな、それ」
2人でも大概だけど。
「だから、そういう運の絡む要素をなるべくなくすために、最初は5人ずつ五組に分けてくれていたのかも」
「なのに、おれたちの組にいたうちの3人もが単独行動を選ぶやつだったわけだ」
「チームを組みやすいようにはしておくけど、チームを組む組まない、ソロプレイを選択するか協力プレイを選択するかは個々人の自由ってことなんだろうね」
ソロプレイを選ぶ者ばかりが固まっているかまでは、25人を振り分けた何者かの知ったことではないのだろう。
「その場にいた5人全員でチームを組めたところもあるかもしれないってことだよな」
「うん。わたしたち以外のところが全部とは思いたくないけど。一組か二組かは5人チームができているかも」
「チームを組むことに誰も気づかないで解散したとことかないかな?」
「それはーー流石にないと思う。5人いれば、思いついて提案する人が1人はいるだろうし」
「だよなあ」
チームを組もうと誰かが提案したら、同意する人たちが大半のはずだ。
初対面同然の相手を信用できないとか、足を引っ張られるのではないかと、チーム参加に積極的になれない人も少なくはないと思う。
そういう人たちも大抵、最終的には渋々であろうと、チームに加わることにするだろう。3人か4人、つまりは過半数が肯定的なら。
「人数が多いのはバトルだろうとゲームだろうと何であれ、基本的に有利だから」
「上限いっぱいの人数が揃えられるんなら、その場に揃ってるんなら、普通はチームを作っちゃうよな」
「少し頭のいい人なら、すぐに25人が5人ずつに分けられている可能性も思いつくだろうしね。ほかの人たちはチームを作っているって予想できるのに1人で行動するなんて、自分で進んで不利な条件をつけるようなものだよ。ゲームで言えば縛りプレイだよ」
一度クリアしているゲームだったり、自分の腕に自信があるのならば、縛りプレイも楽しいが、正真正銘の命を賭けた戦いでやることじゃない。
だけど。
「多分、シドウくんは強いから、1人を選んだんじゃないかな」
「チームを組まなくても勝ち残れる自信があったっていうことか?」
コトリは首を横に降った。
「それもあるかもしれないけど。どっちかっていうとハンデっていうか。空手がムッチャ強い自分がほかの人たちとチームを組んじゃうのは、シドウくんとチームを組めなかった人たちにとってみればずるい! みたいに思っているんじゃないかな?」
「ああ。たしかに。あいつは敵だったら怖いし、味方だったら頼もしいよな」
想像通りならば、コトリにとって困った話だ。ほかのチームを不利にしないようにと配慮した結果、コトリとあとツバサくんが思いっきり不利を強いられることになったのだから。
「でも、シドウ、与えられたチャンスには全力で取り組むみたいに言ってなかったっけ。ハンデつけてほかのやつと協力し合わないってのは、この状況だと全力で取り組んでいないことになるんじゃ?」
「その辺はシドウくん個人の線引きだろうからなんとも。そもそもわたしが言ったこと想像だし」
ソロプレイを選んだものに対して、とりあえずでも納得のいく理由をつけたかっただけだし。
「後の2人は?」
「あんまり言いたくないけど、わたしたちと組むのが嫌だったんじゃないかな。ポニーテールの子は誰かと組むこともあるかもしれないみたいなことを言っていたし。カンタダはわかんないけど。ずっと1人でいるつもりなのかどうなのか」
誰が良さそうな人がいたら組む気はあると考えるのが普通だけど。亡者たちに向かって糸を離せと叫ぶカンダタのイメージが頭をよぎる。
「もしかしたら、他人を全く信用できない人なのかもしれないしね」
どうにもカンタダに対する心象は悪い。
シドウくんとポニテの子が自分は行くと告げてから、ある意味礼儀正しくその場を立ち去ったのに、カンタダはコトリたちの虚をつくような行動をとって何も言わずに姿を消したからだろう。
「でもすぐに1人減っていたし、最多でも、4人でしかチームを作れなかったところが一つはあるってことだよな?」
「うん。それはそう」
そうなのだが、たとえ4人チームだとしても自分たちの倍だ。襲われたらひとたまりもない。
それに4人だと、コトリとツバサを仲間に入れてもらえない。
6人以上でチームを組めないわけでもないだろうけど。
6人以上になってしまうと、後で絶対揉めることになる。後でなんて悠長な話ではなくて、常に火種を抱えているようなものだ。
コトリとツバサが仲間を作るには、3人以下で行動している人たちを見つけるのが前提条件だ。
「そりが合わないとか、意見の違いとかで、2人と3人に分かれたところとかあるかな?」
「あってほしいけど」
どうだろう。コトリたちにとってそんな都合がいい話があるのだろうか。
最悪だと、コトリたちのところ以外は、5人チーム三組、4人チーム一組が出来上がっている。
だとしたら仲間を作ることもできず、逃げ回るしかない。
ほかのチームが争いあって、人数が減っていくのを期待するしかない。
3人以下で行動している人たちがいることを願った。
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