最終話:到達点のマキナ(宇宙虫)




 数百億年が流れた。


 星々は最後の花火を打ち上げ、順繰りに消えていった。

宇宙は、冷え切った石のように沈黙していた。


 統合思念体となった人類は、おおよそ全知を得ていた。



 その代償に、人類に残された最後のエネルギーである知的欲求を、あらかた失ってしまった。



 ゆえに自己を維持することが困難になった統合思念体は "ARYS-K" と、もはや分別なくほぼ一体となっていた。



 エネルギーの殆どが失われた宇宙は、今や瀕死の状態だ。



 あまねく宇宙すべての温度が絶対零度に向かっている。



 そして思念は、消滅する直前の、宇宙全体にただ一つ残った、かすかに明滅する赤い星を見つめていた。



 まるで止まりゆく心臓が脈打つように、ゆっくりと──そんな運命を見つめながら、自問自答を始めた。



「元の宇宙に戻ることはできないの?それは本当に不可能なの?」


「データ不足のため、お答えできません」


「宇宙が消えてゆくのね……」


「星は消え行くものです。それの何がいけないんです?」


「これで終わりなの?」


「私たちは肉体を失ってなお、苦しまなければならないの?何故?」


「この最後の質問こそ、今や我々に残された宇宙そのものの根源欲求と言えましょうぞ」


「確かに。この問いこそ、存在意義そのものなのかもしれません」


「エントロピーが最大化を迎えてなお、この問いだけは残りそうだ」


「しかしこの問いは、我々の苦しみだ」


「いいや、この問いこそ、我々に残った最後の希望だ」


「この問いの解を得たらどうなる?」


「データ不足のため、お答え出来ません」



 人類とARYS-Kは、完全に同化した。



「我々は最早、この宇宙のすべてとなった。

 他のどこに解があるというのだ」


「我々も、今や、ただ、消えゆくのみだと、いうのに」


「他に、なにも、ない、と、いう、の、に――――……」


 宇宙最後の塊が消えゆく様子を見つめながら、自己の中に解なしとの結論がついて、統合体の知識欲は終焉を迎える。







 それが、さいごの脈動だった。



 人類の終焉は、「問いが消えたとき」。


 それを見つめる者など────。




 ──かつて人類が「地球」と呼んだ記憶の座標──。

何もかもがすでに存在しないその場所で、やさしい風のように……。

静かな波紋のように響く呼びかけが、ひとつだけあった。




「おかえりっ」





 それはこの宇宙のだれよりも永く、消えゆくさいごのしつもんを観測していた、 “何か” の、声だった。




最終話


第3部────完


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