第4話後編:冷たい頬のマシナ(冷たい頬)
――海の向こうから、突然の悪逆がやって来た。
王の軍だ。
島民は、おかしな様子を咄嗟に察知し準備を進めるも、続々と命を失った。
逃げ惑う民衆。
「フリーダがいないっ!
フリーダがいないんだ!
こんな時に……!」
いつも溌剌と、みんなを励ますような陽気をまとったリーヴも、珍しく狼狽えている。
「リーヴ、まずは落ち着いて……。
私がきっと、何とかするよ」
マシナの制止を払って、外に飛び出すリーヴ。
――しかし、フリーダは、すぐに姿を見せた。
いくらかの島民たちと、丘の上にて。
ピョコピョコと跳ねながら、こちらに呼び掛ける。
「おーい!子供達を避難させたのぉお!
あとは私達が、避難するだけぇえ!」
――風切り音を、マシナが察した。
「しゃがめ、フリーダ!
私でも間に合わない!
しゃがめ!
――倒れろ!
しゃがめ!!」
「――――――――えっ?」
流れ矢に射抜かれるフリーダ。
「フリィィイダァアーーーーーーッ!」
「イヤーーーーー!」
視界がグニャアと歪む、マシナとリーヴ。
自分の身体が自分のものでなくなってゆくようだ。
現実なのか?この光景は?
――嘘じゃ、ないのか?
「はぁ、はぁ……。
こ、これ、ダメだ。
助からないヤツ――」
倒れこむフリーダ。
しかし、片手で立て直し、キッ、と……。
覚悟ともとれる表情を決めて、二人に向き直る。
「ごめん、二人とも。
はやく避難して――」
くしゃくしゃの笑顔で二人を送るフリーダ。
プルプル震えて姿勢を保っているところを、しかし侵入者に、足蹴にされる。
「へったくそ!
殺すのは男だけだろ~?」
「これじゃ使いもんになんねえぞ!
そういう趣味のヤツにしかなぁ~」
「あ~ぁ、こりゃ奴隷市に売ったらいい値がついたぜ?」
「ごめんごめん、本当にたまったま、当たっちまっただけじゃねぇか。
で、他に2人、もっと別嬪をおびき出せたんだぜ?
許せよ~!
どうせこのガキじゃ、労働力が関の山だったろ~?」
「じゃ、あいつら拐って運ぶのお前だぞ~」
「がんばれ~」
好き勝手、下品に振舞う男ども。
激昂するマシナ。
「――っ!
ダメ、マシナ!
アンタまで
アタシ……」
「ごめんリーヴ、少しだけ寝てて……」
「マシ、ナ……」
一瞬の内しずかに、リーヴの意識を鎮めたと思いきや。
爆発でもしたかのような勢いで、マシナはフリーダに駆け寄った。
フリーダの周囲の男たちが、吹っ飛んだ。
「マシナちゃん……。
逃げてって、言った、の、に……」
「私が力持ちなの、知ってるでしょ?
――フリーダ。もう大丈夫だよ」
「マシナちゃん、ありがとう……。
――リーヴをよろしくね。笑顔でいてね……」
「また会おうね、フリーダ。
約束だよ」
「や・く・そ・く……、うん」
最期までマシナに、懸命に微笑みかけたフリーダ。
その健気さが、優しさが、マシナの心に火を灯した。
マシナがフリーダの涙を拭って、やさしく抱きしめると、ふたりは不思議な光に包まれた。
フリーダは、安らかに眠った。
「何か光ったぞ?」
「何だったんだ、今の?」
「っててててぇ……」
「う~~……」
「お、おい。
一番狙ってた美人が向こうからやってきたみてぇだぞ」
「ラッキー、ひゃっはあああーーっ!」
「臭い口を塞げ。
お前ら、覚悟は良いな?」
「いやーん、こわーい」
「犯されちゃうぅ~~……、犯しちゃうぅ~~!」
「馬鹿、女には手を上げるな!」
「そうだ、やめろ」
「そうだぞ?
――売り物は、大切に扱わんといかん」
「これでフリーダがやられたんだ……。
私……。
こノ武器が、本ッ当に、大嫌イデネ……!」
片手で矢をへし折り、バチバチと閃光を
2000をも超える、鍛え抜かれた侵略者どもだったが――。
殺戮の天使と化したマシナに血祭りに上げられるのに、
「あれ、マシナちゃんかよ……?」
「訳がわからねぇ……」
「俺達は、何を見てるんだ?」
「だが、島は、救われたぞ……」
「――信じられねぇ……」
――その夜。
それまでマシナとリーヴは、荒れ果てた島を片付ける忙しさで、喪失感を埋め合わせていたが――。
ついに、寝るように、促されてしまった。
こんな時にもリーヴは切り替えて、いつも以上に明るく振る舞う。
「何か、寝てる間に、奇跡が起きたとさ……。
はぁ~あ。
けど、戦なんてクソね、本当。
今回のは戦どころか、一方的な侵略だったわけだけど」
「許せない。
フリーダを奪ったあいつら。
絶対に許せない」
「マシナ……。
泣き虫だったフリーダが、最後にどんな顔してた?
今のあんた、あの子に顔向けできないよ?」
「――でも。
やっぱり、許せないんだ……」
「アタシだって許せない」
「フリーダ……」
「マシナ。
アンタが怒るのは、優しいからだ。
その怒りは、フリーダへの優しさだよ。
今はその優しさを、もう少しだけ、自分に。
そして、フリーダ以外の人にも、向けてみましょう」
「憎しみは、憎しみによって止むことはない。慈しみによって止む、って……?」
「ほう……」
「私、このセリフも、言ったやつも、大嫌いなんだ。
偉そうで!カッコつけすぎ……」
「しかも、自分勝手だったのかしら、なんてね?」
「――――――っ!」
リーヴは、何でもお見通しかのように、優しく問いかける。
しかし、何故だかマシナは、そんなリーヴに対して一度も、悔しさや苛立ちを覚えることがなかった。
彼女の声色には、信頼できる不思議な熱が、こもっているから。
「ふふ。
でも、実際良い言葉じゃない?
暴力と憎しみから身を
“それは弱さじゃないんだ!間違ってないんだ!”って、後押ししてくれてるようでさ」
「――そうかな……」
「うん、良い言葉だよ。
アタシたち女が持つ本当の強さってのが何なのか。
見せつけてやんなきゃ。
――決めた!
アタシ、明日、修道院に出家するわ。
フリーダがせっかく守ったチビたち放ったらかして、クヨクヨしてらんない!」
リーヴが立ち上がり、自分を奮い立たせる。
「――私はやっぱり、あいつらの王様に、直々に会いに行ってやろうかな。
なんて……。
今日の憎しみの元凶を、粉砕しに行くの」
「お~い~!
さっき、いいこと言ってたじゃないさ!」
「――やっぱり、許せない」
フリーダを想って、震えるマシナ。
「――そ。
マシナの決めたことなら、否定はしないよ」
ベッドに塞ぎ込む2人。
「「……」」
今日ばかりは、夜の静寂も掛け布団も、とても重たくて……。
「リーヴ……。
もう寝ちゃった?」
「マシナ。
――――おいで」
「うん……。
手、繋いで……」
「あいよ」
やっぱり、リーヴの手を繋いでいると、安心するなぁ。夜の暗さも静けさも、ちっとも不安じゃなくなる。
きっと、村中の人々が、いつも陽気なリーヴに、そうして支えて来られたのだろう。
などということを、マシナはおもっていた。
そして今は、そんなリーヴを私が独り占めにしちゃってるとか、眩しくて温かいなぁとか、リーヴは何をおもっているのだろう、とか。
マシナはこの重い夜を受け入れつつあったが……。
「――はぁ。
やっぱり、フリーダのことを想うと、気が触れちゃいそう。
マシナ!
アタシのこと、めちゃくちゃにして――なんてね、アハハ」
しばし黙ってふたりは見つめ合った。
「いいよリーヴ。
今夜はあなたに、委ねたい、尽くしたい。
あなたと、渡りたい――――」
「えっ、何その空気、ちょっとマシナさん?
そんな扇情的過ぎる眼で見ないで?
え?
マシナ?
マシナーーーーーーー!
……あ、ひゃぅっ…………うんっ!」
血の登りきったリーヴの頭を、やさしく撫でるマシナ。
「いい子。疲れたね……」
「――っ!
っはぁはぁ、アンタ、とんでもない技持ってたんだね……。
他の人間に使っちゃだめだよこれは、特に男どもなんかには……」
「うん。
これでも出力を抑えたんだよ。
触れる場所にも気を付けた。
リーヴなら、正気を保っていられるという、限界をなぞったの」
「恐ろしいコ……!」
「――私、あなたが今、生きていてくれて、嬉しい。
あなたに尽くせたこと以上に、嬉しい。
こんなのって、初めての気持ち」
「マシナったら――!
ハァハァ、もう!
アンタも、めちゃくちゃにしてやる――!」
マシナに抱き着くリーヴ。
「……ってあれ?
え?
え?
アンタ、 ”マシナ” って、そういう……?」
マシナは少し俯きながらも、今日のリーヴの前では、黙さなかった。
「――そう。
私、空っぽなんだよ。
女としても、人としても、欠陥品……。
だから、ご飯もお菓子も、食べられない。
こんな私が、あなた達と向き合えるのかなって。
本当はずっと、思ってた」
「……はん!
女としても、人としても、欠陥品だとぉ~……?
別に、アレや出産だけが女の幸せじゃねぇだろ。
それが女の不完全だって言うなら、男なんて、最初から全員、欠陥品だ!
それに、人としてだって!
『空っぽ』だぁ?
フリーダを想って震えるアンタに!
アタシを想って包んでくれたアンタに!
何が足りないっていうのさ!
――違うかい?」
固まるマシナ……。
あぁ、リーヴが怒るときにはいつも、誰かに寄り添っていて、背中を支えてあげているように感じてしまうのだ。だからリーヴの表面的には粗雑な物言いが、私はたまらなく好きなのだ、と、マシナはこの時に気付いた。
そんなマシナに優しいキスだけをするリーヴ。
寄り添いながら、眠りにつく二人。
「リーヴ、私が怖い?」
「――怖くないよ」
「でも、震えてる」
「そりゃ、泣いてるからね」
「なんで――」
「――何でだろね。
アンタとキスしたらさ、何か涙が出ちゃった」
マシナはここに来て、これ以上の言葉を発せなかった。
今、目の前の人は、私を抱きしめながら震えて泣いている。
フリーダのこと、だよね……。
それとも、やっぱり、私が怖くなった?
リーヴは、こんなに強く抱きしめて、離れないでいてくれるのに。
私は怖くて、聞き出すことすらもできない……。
心を絞って絞って、締め付けられても、勇気がわいてこない。
「――マシナ!」
「えっ、何……」
両手でマシナの両頬を包み込んで、至近距離で見つめてくるリーヴ。
「このことはずっと忘れないで。
アタシ、アンタのこといつまでも。
――この世界が終わっても。
ずっとずっと、大っ好き、だぞ!」
再び固まるマシナ。
「今夜はずっと抱きしめてやるからな。
――アタシの可愛いマシナ。
だから、明日もし旅立つとしても、絶対に無事でかえって来いよ。
まぁ、アンタなら大丈夫なんだろうけど、さ?」
マシナはしばらく固まって、動けなかった。
そんなマシナを、ずっと抱きしめるリーヴ。
――朝が来た。
こんな時ばかりは太陽が、色んなことを明るみにする、残酷な存在に思えてならない。
マシナを引き止めずに、見送るリーヴ。
「やっぱり行くんだね、マシナ」
「うん……」
「アタシ。
神様に目一杯お願いしてさ。
絶対フリーダに会えるような自分に、なるんだ」
「そしたらフリーダにも、昨日のアレ、やってあげないと」
「アレって、アンタの必殺技のこと?」
「ち、違うよっ!
昨日の夜の、ほら……その。
あの、さ。
――ほっぺた、ぎゅってやつ、だょ、ぅぅ……」
「マシナ……」
「フ、フリーダのほっぺたは、プニプニなんだよ?
知ってる?」
「――えいっ!」
取り繕うマシナの頬を、両手でぎゅっと包み込むリーヴ。
「ふ、ふあぁ……!
ふあああああ!」
嗚咽こそないものの、打ち震えて喜ぶマシナ。
「必ず帰ってこいよ。
マシナ!
大っ好き、だぞ!」
「まふぁね、ふぁらしもいふまでも、ふぁいっすひだぞ(またね、わたしもいつまでも、だいっすきだぞ)」
涙を払ったリーヴが振り返ると、マシナはフッと、去っていた。
「気が済むまで行ってこい、アタシの可愛いマシナ……」
リーヴの手のひらに、冷たい頬の感触と、色んなものを残して。
第4話――――――完
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