ヴァンパイア・ナイト・スクール

千歳らいは

Prolog 約束の夜、崩壊の鐘


平凡な幸せは、ほんの小さな出来事で一転してどん底に落ち悲劇というものになる。

 幸せを生み出せば壊されるのだろうと実感したのは7歳の頃だった。


 ――――――――――――――――――――



「おとーさんまだ帰ってこないよぉ、今日一緒にご飯食べる約束だったのにっ!」

「そうだねぇ……結城、楽しみにしてたのにね」

 

 時刻は夜の9時を回っていた。おれは目を擦りながら、任務という仕事をしているお父さんの帰りをリビングでお母さんと一緒に待っていた。

今日はいつも職場で泊まり込みでお仕事を頑張ってるお父さんが久しぶりに家に帰ってくる日で、おれは凄く楽しみにしていた。

 

 時計の針が9時30分を迎えたとき、チャイムの音がリビングに鳴り響く。

 

 俺は飛び跳ねるようにソファーから立ち上がり、お母さんに聞いた。

 「お母さん!お父さん、帰ってきたんじゃない!?」

 

やっとお父さんが帰ってきたんだ!

おれは嬉しくて仕方がなかった。

けど、お母さんの様子は違った。

まるで具合でも悪いのかというほど、冷や汗をかきながら顔を真っ青にしていて、とても自分の夫に向けるような顔ではなかった。

 

 するとインターホンが何度も連続で鳴り続いけ、一瞬間が空いたと思えば、バコンッ!と、玄関のドアが勢いよく壊れる音がした。


「お、お母さん……?な、なんの音?」


「結城!早く逃げてっ……!!」

 お母さんは、声を荒げておれを押しのけたが、それと同時に、黒い影がお母さんを包みこんだ。

 おれの目に映ったのは、お父さんでもなく、動物でもなかった。


 目は鋭く、瞳孔は開き、唾液を垂らしながら、おれを庇ったお母さんの首元に噛みつき――ジュルッと。

 大量の血が一気に体から吸われてく音がした。

 

 黒い影の正体は、血の摂取が足りていなかった吸血鬼ヴァンパイアだった。

 

「あ、あぁ……お母さん……!」

 目の前の光景が、まるで誰かの作った悪い映画みたいだった。

 現実なのに、現実じゃないみたいで――涙さえ出なかった。

 逃げないと。

 脳では分かっていた。逃げないと、自分が危険なことを。

 でも体は硬直して、思ったように動かなかった。手は多少動かせても、恐怖でブルブルと震えていた。

 

 母の血を飲み終えたのか、吸血鬼は顔と視線を、おれのほうにゆっくりと向けてきた。

 ――やばい、喰われる。死に間際の状態に置かれていたはずなのに、なぜか目は開けていられて、先ほどまであった恐怖はなくなっていた。

 

 吸血鬼が襲いかかってきた。もうだめだと確信したその瞬間。

猛獣のように喰いかかろうとしていた吸血鬼は尻もちをつき、顔を真っ青にして小刻みに震えていた。


 まるで、何か恐ろしいものを見ているようだった。


 今だ。鉛のように重かった体を無理矢理にでも動かして家の外に出ようとしたが――

 やっぱり体は、言うことを聞いてはくれなかった。

 気を失ったかのように微動だにしなかった吸血鬼も、自我を取り戻したのか再び動き出し、逃げようとしたおれの足首を掴んで、逃げるのを阻止してきた。


「うわあぁぁぁ!!」

「⋯赫血葬刀かくけっそうとう

 目の前で赤く輝いた刃が、吸血鬼の背中をめがけて切り込まれ、血が吹き出し、吸血鬼はパタッと倒れた。

「こちら、第一部隊隊長・白鳥理久しらとり りく一体の吸血鬼デッドヴァイアを制圧。

30代女性が死亡。七歳ほどの男児一人が怪我をしていますが、生存を確認。保護して、連れ帰ります。」

 

 「君、名前は?」

 視線を上げると、白銀の髪と瞳――凍てついたように冷たい、だが不思議と温かさを含んだ氷蒼の瞳が、自分をまっすぐに見つめていた。


焰翠結城えんすい ゆうき……です」

 

 名前を聞くと、目の前の彼は目をまん丸にした。

「……結城君。お母さんのこと、守れなくてごめんね。君だけでも生きていて、ほんとに良かった」

 そして彼は、幼い結城の手を取って言った。

 

「……今日から君の運命は"血"と共にある」


 "血と共にある"――その言葉の意味を、幼い俺はまだ知らなかった。


 ただ、胸の奥で何かがざわついていた。

 それが希望なのか、絶望なのかもわからないままに――

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ヴァンパイア・ナイト・スクール 千歳らいは @raiha_Chitose

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