第三章 天子くん、事件で踊る

第16話 修学旅行の計画


「なるほど。ボクが休んでいる間に、体育祭があったのか」

「うん。大変だったよ~、三ツ矢たち大暴れで」

「はは」


 トワと後夜祭をした翌週月曜日のこよみは、十一月に変わっていた。

 登校再開したトワはバス通学に戻り、僕も自転車通学に戻っている。あれほど神経を使うからと嫌だったはずのバイクにも慣れると、途端に自転車が面倒になるのはなぜだろう。制服のズボンがきつくなった気もする。気のせいだと思いたい。


 ランチタイムに、アンジと僕とトワは、三人並んで体育館裏のベンチに腰かけている。なぜか僕が真ん中になった。

 アンジは相変わらず焼きそばパンからのクリームパン。僕はエリコ特製弁当で、トワも同じだ。

 

「ダンスに無駄な技術を求められてさ~。でも僕以上にアンジのが面白くて」

「言うな」

 

 長身のアンジには、どうやらリズム感がまったくないらしい。無表情なのもあって、踊るアンジはぎしぎしと壊れたロボットが動くみたいで、見る度本当に腹筋が壊れるぐらいに笑った。


「ボクもダンスは無理だ。休んでてよかった」

「ほんとだよ~! 地獄だった。でも、リレーとか全部丸投げできたから、ある意味楽だったけど」

「そうか」


 一か月の間に様々な出来事があって、話しても話し足りない。

 トワはずっと僕のたどたどしい説明を、ニコニコ聞いてくれていた。陰キャは物事を言語化するのが苦手だけれど、聞き手が優秀なら喋れるんだなと学んだ。


「あ、そうだ! 天使くん。もうすぐ修学旅行があるよ」

「あ~そうだったな。場所は?」

「東京」

「は?」


 エリコお手製のだし巻き卵を箸で掴んだまま、トワの動きが止まった。


「いやいや、今時東京に旅行してどうする? 海外とか」

「海外なんて行くわけないでしょ。田舎の高校、なめないでくださいよ」

「ふ。また敬語になった」


 あーんと卵を食べたトワは、次にブロッコリーを掴んだ。

 ちなみにトワは、ブロッコリーが好きらしい。


「天使さんはご実家でしょうし? おもしろくもなんともないっすよね~」


 僕はわざとねた口調をして、ミニトマトのへたを指で持ち上げる。

 

「そんなことないぞ。意外と地元だと行かないものだ。スカイツリーとか東京タワーとか」

「そうなの?」

「しらうみにいて、わざわざ海とか山行かないのと一緒だ」

「あー」


 確かに、海に入っているのは観光客の方が多い。海岸線に並ぶ海鮮料理を出す食堂も、地元民はあまり行かない。観光客価格だから。

 右側をちらりと見ると、トワはますます痩せた気がする。顔色もそこまで良くないように見える。


「……旅行はいけそう?」

「ああ、たぶん大丈夫だろう」

「ならよかった! そろそろ先生から説明があると思うよ。班分けとか決めないとだしね」

「そうか」


 陰キャな僕には考えられないけれど、修学旅行が楽しみになっている。アンジとトワがいるからだ。なんて心強いことだろう。

 

「自由行動とか、どこ行こうかな~」


 ぽわぽわと楽しいことを考えていたのに、アンジの次の一言で僕のテンションはダダ下がりになった。

 

「旅行から帰ってきたら、期末テストだけどな」

「うぎゃぎゃ」

「はは、ユキからすごい声が出たぞアンジ!」

「あー。ユキナリの成績は……」

 

 言い渋るアンジを見たトワが、きょとりとした顔で僕を振り返る。そんな純粋な顔で見られると、胸が痛い。ほとんど休んでいても学年ぶっちぎり一位様。お願いだから、見ないで。


「なんだ、良くないのか?」

「えーとですね、良くも悪くもなく。ド真ん中でしたね」


 中間テストは、学年二百名中百位。ほんとにド真ん中。

 

「あははは。ユキらしいな」

「どういう意味ですか天使さん! 平凡ってことですか!」


 トワは鮭ご飯をパクっと食べて、天使のような作り笑顔をした。

 

「得意と苦手が両極端。だろう?」

 

 僕のHPゲージが目の前に見えていたなら、緑からオレンジもすっ飛ばして、赤くなったところだ。

 さらに、アンジが気遣うように肩をぽん、と叩いたのが致命傷になった。

 

「ぐほう!」


 ――旅行から戻ったら勉強するぞ。スルゾ。タブン……

 

   †


 案の定、今週のLHR(ロングホームルーム)は修学旅行についてだった。

 班分けは血みどろの争いになるかと思われたが、割とあっさり決まった。というのも二年三組は三十五名で、一班の人数が『五名』だったから。僕とトワ、それからアンジのグループに姫川さんと白崎さんが追加されたところであっという間に無事完成。ありがたい。

 白崎さんは、三ツ矢とめるのでは? とハラハラしたものの――


「おいリンカ、こっち入れよ」

「やだ! 女一人になんじゃん! あーちゃんと一緒に入りたいの!」

「ちっ」


 かたくなに姫川さんの腕を掴んで離さない白崎さんは、幸い? 男四人グループから逃走に成功。向こうは結局あまった男子一人を入れた、男子オンリー班になったようだ。女子オンリー班もあるので、問題ない。班分けでここまでストレスを感じなかったのは、人生で初めて。今すぐみんなを拝みたい気分だ。


「よーし。んじゃ一班から七班の名簿作るから、名前埋めてけ~」


 橋本先生が、廊下に一番近い列の最前部にいる僕の席からA4の紙を回し始める。

 席の周りに集まったみんなで、それぞれ名前を書き入れていくけれど、ある個所で止まった。『一班 リーダー:』とある。

 

「えっと僕たち一班だね。リーダーは?」


 僕が紙から顔を上げると、トワと目が合った。

 

「ユキがいいだろう」

「え!?」


 てっきりトワが名乗りを上げると思ったのに、という驚きで戸惑うと、理由も話してくれた。


「東京は、住んでいた場所だからな。目新しさがない分、ボクが決定権を握ったらおもしろくないだろう」

「んじゃ姫川さんの方が」


 しっかり者の幼馴染を振り返ると、フンッと冷たい顔をされた。

 

「たまにはやりなさいよ」

「ぐげ」

「いいじゃんユッキー。あたし適当だし、アンジ無言だし。正解、正解」


 白崎さんの消去法で、トドメを刺されてしまった。リーダーなんて役割は、もちろん僕の人生で初めてのこと。

 たかが班のリーダーかもしれないけれど、慣れていない名称にひたすら尻込みしてしまう。


「はあぃ……」


 渋々自分の名前を書き入れ次の班へ回すと、先生が日程表プリントを配り始めた。


「しおりはまだできてないけどな~。自由行動の場所ぐらいは、今話し合っておけ~」


 一日目:皇居、国会議事堂見学

 二日目:浅草、スカイツリー、班別自由行動

 三日目:テーマパーク

 四日目:お台場

 

 早速配られたプリントを見て僕が

「ザ・東京って感じだね」

 と呟くと、みんなウンウン頷いている。


「班別自由行動ってどこでもいいのかな」

 

 僕の発言に、白崎さんが元気よく手を挙げる。

 

「はいはい! 竹下通りか渋谷希望!」


 予想通りの答えだ。さすが、ギャル。

 

「スカイツリーからなら、確かどちらも銀座線か半蔵門線で行けるだろう。乗り換えは必要かもしれないが」

「さーすが天使くん! 沿線の名前聞いてもさっぱり分からないよ」


 僕の言葉に、トワは眉尻を下げた。

 

「言っておくが、ボクは現地には詳しくないぞ。ただボクの意見を言わせてもらえれば、渋谷より原宿の方がいいんじゃないか」

「なんで?」

「竹下通りなら、まっすぐ歩くだけで十分のはずだ。ついでに明治神宮にも寄れる。渋谷は……坂もあるし、何を見たいのかにもよるが、午後だけではなかなか大変だと思うぞ。姫川さんはどうだ?」


 黙って話を聞いていた姫川さんが顔を上げたのを見て、トワは別の提案をする。


「美術館が見たいなら、上野もいいぞ。国立西洋美術館にはモネとロダンが常設である」

「モネ! 睡蓮も見れる?」

「ああ。ピカソも何点かあるはずだ。ルノワールとミレイも」

「ううう」

 

 悩む姫川さんは、珍しい。

 

「ユキとアンジは、なにかないのか?」


 なんだかんだ、トワってリーダー気質だよなあと思っていると、先にアンジが首を横に振っていた。

 だから僕もすぐに返事をする。

 

「僕も、特にないよ。美味しいもの食べられたら、なんでも」

 

 これにはみんな、やっぱりなの顔をした。――なんで?

 

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