第三章 狗男

苔むした民家が立ち並んでいる。

かつての住居だろうか?少し大きめの建物を見つけた俺とちふは中へと入る。

カビと埃のにおいが室内に充満しているのが分かる。


「やばいな、悪酔いしそうだ」

「そうスか?私の家もこんなもんでスけど」

「市役所がくんじゃないか」


しかし、やはり犬鳴村が実在したその事に怖さもありつつ感慨深いものを感じていた。

ネットから発祥し、当時の人々にオカルティックなロマンを与えた村。

それが今もひっそりとこの村に存在するとは。


「ん…?」

ちふが変な声を出す。

「どうした?」

「なんかあの辺、光ったような」

「おい、変なこと言うなよ。こんな村、誰がくんだよ」


「その言葉、そのまま返させてもらうわ」

女の声がした。

言う通り、暗闇の中に人工の光が見える。

「あなた達、誰から聞いてこの場所を?」

奥から現れたのは男女のカップルだった。

女性の方はアパレル系店員のような、山奥とは似合わない見た目だ。

男性は銀縁眼鏡で少し頬のこけたやせぎすな男だった。

「いや…、こいつが森の中を見ていたら畦道を見つけて」

ちふを指差す。

「僕は佐間達明、こいつはちふ。心霊youtuberやってて今回は犬鳴村をテーマに調べてるんです」

男が口を開いた。

「あんたらみたいなのに騒がれると迷惑なんだよ」

「なんです?」

「僕は中城和樹。こっちが妻の中城恵だ。廃墟巡りが趣味で、こうして撮影してる」

中城は手に持った一眼レフを見せた。

「廃墟は人の気配を感じさせないのが素晴らしいんだ。犬鳴村はオカルトまがいのものは存在しない。これだけ外界から閉ざされた世界と言う事が美しいんだ」

そう言い捨てる。

「ある程度歩いたらとっとと帰ってくれ。この後どうするんだ?」

「そうだな…。しばらく休むとします」

延々車で移動した後、この樹海だ。休憩も必要だろう。

「この近くに噂でも存在するどこへも繋がらない電話ボックスがあるらしい。俺はそこへ写真を撮りに行ってくるよ」

「じゃあ、私ついてくっスー!」

ちふは元気らしい。そりゃそうだ。移動中ずっと遊んでたんだから。

「じゃあ、恵はそばにいてやってくれ」

「えぇ?私も色々見て回りたいんだけど」

「ここは圏外だし、一人になると危ない。この家を拠点にして動いたほうがいい」

しなびたこの場所が拠点とは残念だが、夜になるまでの辛抱か。


「あんたが探しているのって、犬鳴村なんでしょう?」

「ええ、色々と調べてはいますが」

「あの噂、うそよ」

「え?」

「村人が刃物を持って襲い掛かってくるって話。この辺にはホームレスの人が暮らして、それを村人と思ったり、マムシの駆除のために近隣の住民が刃物を持って探し回ったりした事があるの。それを勘違いしたようね」

「ほう」

「だから動画にしたりするのは地域の為にならないって話」

「ただ、噂にあった看板が落ちてましたよ。あれはどう説明できるんですか?」

「わからないけど、冗談で誰かが作ったって言う可能性も否定できないじゃない?そう言う事」

「うーん…じゃあ犬鳴村はなかったって事ですか」

「最も全てが否定されたわけではないわ」


山鳥の羽ばたく音が聞こえる。


「数日前だったかしら…。報道によるとこの付近で最近カップルが行方不明になってるの。」

「えぇ?」

「道路には大量の血痕が残っていた。まるで斧や鎌のような鋭い刃物で切り付けられたようなね」

「…」

「それにこの地域では何度か村人の一家が目撃されてもいるらしの」

「村人の一家?」

「彼らは山の奥深くからこっちを覗いているらしいわ。もっとも、最近はそんな噂が聴かないから所詮はその程度だけどね」

俺は戸惑っていた。確かに廃墟マニアの妻とはいえ、そんなことを急に喋り出すとはこの人物、どこか変だ。

「あなた、ソニー・ビーンって知ってる?」

「ソニー・ビーン?」

「15世紀に実在した人喰い一家よ。近親相姦を繰り返し洞窟に暮らし、近くに訪れた人物を襲い、その人肉を食べる」

「やめてくださいよ」

「もし、そんな存在が日本、いやこの森にいたとしたら」


カラスがなく声がし、かすかに存在した日光の灯りは、一切無くなってしまった。

「まぁ、帰り道は気をつけることね。特に家族がいたら振り切って逃げたほうがいいわ。じゃないと」

声を切る。

「食べられるかもよ?」


「あなた、そんな事まで知っていてなぜこの村に…」

「この村はね、夫が教えてくれたの。ほんとマニアって怖いわね。どこから情報仕入れるんだか」

カップルの失踪事件。村人達の噂。カニバリズム。

俺はどこまでが真実で、どこまでが虚構かもわからない中にいた。

休まるどころか、彼女といるとさらに疲労が増す気がする。

ここは一旦、一人になりたい。

「ちょっと僕、外へ出ます」

「あら、ペアで行動する約束よ」

「一瞬だけなら大丈夫ですよ」

大半を木々が囲んでいるが、この村はカタカナのトの字のようになっているようだ。

長い道の奥側にはまた道が存在しており、右折しながら下っていくと、電話ボックスが存在する。

そのちょうど曲がり角の所に手頃な岩があったので腰を休めた。


スマホの明かりを照らしながら来たので周りは暗いままだったが、だんだん目が慣れてくると。

目と目が合った。

犬の顔をした男に。

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