ノルテア連邦奪還遠征編
一話 奪還の誓い
王国ノルテア連邦の首都オルステッド――
大理石の柱が天を支える広壮な議会堂は、異様な緊張感に包まれていた。
連邦の長老たちが壇上に整列し、重々しい議決の鐘が鳴り響く。
この日、数十年ぶりとなる大規模な軍事遠征の総司令官が任命されるのだ。
壇上中央、玉座のような椅子に座るのは長老会議長であり、厳かな声音で口を開く。
「諸君。かつて栄華を誇った王都イグナリオは、血の王アルスによって瘴気の迷宮となった。
我々は放置することを許されず、奪還を決断した。」
議場は静寂に包まれた。
長老会議長は、壇上の片隅に立つ一人の若き女性へ目を向ける。
「ここに、遠征軍総大将として任命する。
レオナ・アステール殿だ。」
その名が宣言されるや、議場の空気が一変した。
若くして実績を上げた彼女への期待と不安が入り混じる。
レオナは凛とした姿勢で歩み出た。
長老たちの間を縫うように壇上へ向かい、深く一礼する。
「皆様のご信頼に応えられるよう、
私は全身全霊でこの任に臨みます。
父を奪われた悲しみを胸に、王都を必ず奪還いたします。」
議場からは拍手と共に、重い決意が満ちた声が上がった。
「レオナ殿、頼んだぞ――!」
彼女の胸に、幼い頃からの決意が熱く蘇る。
父の面影と剣の誓い。
血の王を討つための戦いが、今まさに始まろうとしていた。
王国ノルテア連邦の城塞都市オルステッド。
初春の冷たい風が、石造りの大聖堂の尖塔を撫でていく。
まだ陽が落ちきらぬ礼拝堂に、騎士と聖職者たちの足音が低く響いていた。
祈りを捧げる人々の列の中に、ひときわ凛とした背筋を伸ばした若い女騎士がいる。
肩まで流れる銀の髪、深紅の軍服に身を包んだその姿は、剣のように張り詰めていた。
レオナ・アステール。
血の王に父を奪われ、幼き日より剣と誓いを糧に生きてきた将軍だ。
長老会の承認が下りたのは、つい先ほどのことだった。
王都イグナリオ――かつて人類最大の繁栄を誇った聖域を奪い返す。
その遠征軍の総大将に選ばれたのが、まだ二十代半ばのレオナだった。
祭壇の奥、銀の燭台に火が灯る。
天井を貫くステンドグラスから差す光に、無数の剣の意匠が浮かび上がった。
「……父上……」
胸元に抱きしめたのは、古びた懐中時計。
血の王に侵された夜、父が残した唯一の形見だった。
『騎士の剣は人を護るために振るえ』
幼い頃、膝の上で聞いた言葉を思い返す。
だが、護れなかった。
街を、民を、そして父さえも――あの夜、血の王の瘴気に呑まれた。
「私は護る。奪い返す。
奪われたままなど……私は許さない……!」
祈りを終えたレオナは振り返る。
赤い外套を羽織った従者たち、そして迷宮解析の魔術師クロードが跪いていた。
クロードは目を伏せたまま告げる。
「遠征軍は五千。前衛に聖騎士団、後衛に瘴気浄化の魔導師隊。
王都外縁で陣を築き次第、先遣隊を潜らせます。」
「いいわ。先遣は銀の熊を使う。
無謀でも汚れていても構わない――
血の王に最初の“返礼”を届けさせなさい。」
大聖堂の鐘が鳴り響く。
人々の頭上で、その音は祝福にも戦慄にも聞こえた。
クロードは小さく問いかけた。
「……レオナ殿。
血の王は、かつては人だったと……ご存じですか?」
レオナは何の迷いもなく、目を細めて答えた。
「人を棄てたなら、もう人ではないわ。
この手で討つに値する“怪物”よ。」
真紅の外套が翻る。
堂内を出ると、遠征軍の旗が春の風にたなびいていた。
銀糸で縫われた紋章は、かつて王都を護った剣と盾。
あの誓いを胸に刻む――
奪われた王都を取り戻すために。
血の王の玉座を、必ず砕きに行くと。
レオナの瞳にはもう一片の迷いもなかった。
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