十話 地下にて、再会

 ――森の奥に口を開く、苔むした祠の裂け目。


 冷たい空気を纏いながら、王国近衛とギルゼスが率いる最精鋭の騎士団がその裂け目を睨んでいた。

 夜明け前の霧がゆっくりと晴れ、僅かな月明かりが彼らの重装甲を鈍く光らせる。


 「この奥だ……ここが奴の巣だ……!」


 ギルゼスの目は血走り、吐く息に混じる瘴気の匂いを感じ取っている。

 その背に控えるのは、銀の槍を携えた最強の近衛三十名と、ギルドから金で雇われた熟練の探索者たち。


 「退くな! 奥に進むほどに奴は強くなる。

  ここで息の根を止めなければ、王都が喰われるぞ!」


 騎士たちの武具が擦れ、遠く洞窟の奥に“何か”が目覚める音が聞こえた。



■ ダンジョン第七層 血の回廊


 地下回廊の壁は黒く湿り、無数の血管のような魔素がうごめいていた。

 侵入者の足音に反応するように、壁の奥から低く唸る音が漏れ出す。


 「気をつけろ! 回廊が生きている……!」


 前衛の槍兵が叫んだ瞬間、天井のひび割れから蜘蛛の群れが糸を吐きながら降りかかった。


 「来たぞ! 剣を抜け!」


 近衛の斧が振り下ろされ、魔物の甲殻を砕く音が回廊に木霊する。

 しかし蜘蛛の巣に絡め取られた一人が呻き声を上げ、背後から這い寄った獣人の爪に喉を裂かれた。


 「ぐ……ぁ……!」


 血が回廊を濡らし、石壁が赤黒く脈打つ。

 倒れた騎士の血はすぐに床の魔法陣に吸い込まれ、さらに瘴気を深めていく。



■ ダンジョン深層 玉座の間


 玉座に座すアルスは、遠隔で血の海を眺めていた。

 背後には新たに生まれた“バロウ・イーター”が、咆哮を飲み込んでひそやかに主を待つ。


 《来る……ギルゼス・ロイアン。》


 アルスはゆっくりと立ち上がり、玉座の石階を降りる。

 外套の下から伸びた腕は、人の形を保ちながらも魔素の瘴気を纏っていた。


 ――あの夜、奪われた血。

 ――あの夜、踏み躙られた父の名。

 ――そして今、奪い返す夜。


 石の回廊を進むたびに、ダンジョンの壁がざわめき、

 遠くから血と鉄の匂いが近づいてくる。



■ 第八層 深奥


 血の罠を掻い潜り、残ったギルゼスの近衛部隊はついに最奥の扉へと辿り着いた。


 石扉の奥から、心臓のような脈動が伝わってくる。


 「……来たぞ……! ここだ……!」


 ギルゼスの口元が歪んだ笑みに染まる。

 重厚な扉を踏み開けたその先――


 黒い外套を纏い、赤い瞳を灯すアルスが玉座の間の中央に立っていた。

 彼の背後には瘴気の渦が蠢き、眷属の獣影がいくつも蠢いている。


 「……ギルゼス……ロイアン……!」


 かすれた声。

 しかしそれは、かつて家族を奪われた少年の声ではなかった。

 人の形をした“怒り”――それが、そこに立っていた。


 ギルゼスの足音が石床に響く。

 誰もが息を呑んだ。


 「……化け物め。

  お前の血筋はこの俺が葬ったはずだ……!」


 アルスの瞳に深い憎悪が灯った。

 足元の魔法陣が脈打ち、玉座の背後で獣人たちが低く吠えた。


 「ならば、俺がこの血で証明してやる……!

  この命が尽きるまで――貴様を屠る!」


 血の玉座を前に、復讐の刃が交わる音が

 地下の闇に響き渡った。

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