第4話「疑惑」
■2023年7月20日 18:00 天上寺学園高校/アイドル研究部部室
「ちょっと待ってください! ニシユルは…自殺なんてしてません!」
冬美は持っていた雑誌を開いて三人に見せた。
その記事には『国民的アイドルグループ 西新宿ゆるふわ組の闇 集団自殺に見せかけた毒殺の疑惑』という衝撃的な見出しが躍っていた。
教務主任の宮前は雑誌の表紙を確認した。
「写真週刊誌か」
「アンタ、ずっとそこで私たちの話聞いてたの?」
エリーが問い詰めると、冬美は申し訳なさそうに頷いた。
「すいません、ちょっと聞いてました。エリーさんがギャリーズ事務所に所属する男性アイドルの数を間違えたあたりから」
「な、なにおぉ」
冬美の悪意のない物言いは、エリーを余計にイラつかせた。
「とにかく、そんな雑誌に書いてあることなんてインチキに決まってる! まとめサイト並みに当てにならないソースよ」
宮前は美喜雄に尋ねた。
「藤本君、報道では “彼女たちは自殺した” ということになっているよね?」
「そうですね。警察も事件性はなく、自殺であると断定して捜査を打ち切った、という話ではありましたが…」
意図的に言葉を切った美喜雄に対し、エリーが突っ込んだ。
「警察が自殺だって言ってるんだから自殺でしょ? 昔辞めさせられた元マネージャーが怪しいとか、ライバル事務所の陰謀だとか、CIAや中国共産党が絡んだ国家ぐるみの犯罪だとかねえ、そんなワイドショーやネットの話なんて全部デマに決まってるでしょ!」
「警察は状況証拠だけで自殺と処理したそうだが、彼女たちが自殺をした動機が確認できていない。それは事件から1カ月が経った今も変わらない。警察がマスコミに対して “集団自殺” と発当したのは、当面の混乱を沈めるためのカモフラージュで、水面下では今も捜査が続けられている…という噂もある」
「流石のアンタもニシユルのこととなるとしょうもないゴシップを信じたくなるのね。自殺の動機は明確でしょ? “伝説になります” だっけ? 削除された例の動画、私も見たんだから」
冬美がエリーに反論した。
「でも、それってやっぱりおかしくないですか? “伝説になります” なんて…それだけで人は死ねるんでしょうか? 前日にテレビの歌番組の収録もしてるし、1カ月後にはドームツアーも始まるはずだったんです。そんなときに死のうなんて思いますか?」
目を赤くして力説する冬美の勢いに気圧されながらも、エリーは言葉を返した。
「本当に伝説になりたかったんじゃないの? 若くして死んだミュージシャンとかアイドルもたくさんいるし。その人たちみたいなレジェンドになりたかったんでしょ。きっとそうよ」
美喜雄は雑誌の記事に目を落としながら言った。
「それでも、やはり不自然過ぎることは確かだな。メンバーのうちの誰か一人ならそんなこともあるかもしれない。しかし、彼女たちは五人で死のうとした、ということになっている。戦時下でも集団自殺はよほどの状況に追い込まれた特殊なケースでしか起こらなかったらしい。平時では宗教、カルト、極端な思想を持つ政治団体の間でしか発生していないし、その件数も極めて少ない。集団自殺というのはそれだけ起こりにくいものなんだ。警察も彼女たちが特定の宗教や政治団体に関わっていた事実を見つけられなかったし、催眠術や洗脳にかかっていた証拠も出てきていない。もちろん、アイドル活動が上手くいっていなかったわけでもなく、むしろ絶頂期に入ろうとしていた。夢が現実になろうとしている時期に、19歳から16歳の少女が五人揃って命を断とうと考えるだろうか…あまりにも不自然だ」
「アンタたち、どうしてもニシユルの五人は自殺したんじゃなくて、誰にかに殺された、ってことにしたいのね。真犯人でも探すつもり?」
エリーの言葉に対し、美喜雄も冬美も二の句を継げなかった。
「とにかくさあ、ニシユルのことはもう片が付いてるの。アイドル研究部はさっさと大人しく廃部になって、この部室のことは私たち現代音楽部に任せなさいよ」
冬美は宮前に尋ねた。
「宮前先生はさっき、集団自殺をするようなアイドルを研究していたことを問題視してる、って仰ってましたよね」
宮前は黙って頷いた。
「じゃあ、もしもですけど…ニシユルが集団自殺をしていなかったとしたら、アイドル研究部は続けられるんですよね」
「うーん、どうだろうな。今のところは職員会議次第としか…」
宮前の態度が曖昧になっているのを感じ、エリーは黙っていられなくなった。
「アンタたちが真相を突き止めるっていうの? そんなことできるわけないでしょ!」
美喜雄は呆れたように首を振った。
「私や安倍君は残念ながら何の力もない高校生だ。警察やマスコミからの新しい発表を待つことしかできない」
美喜雄の言葉に頷きながらも、冬美は宮前に懇願した。
「そ、そうです。だから…もう少し待って欲しいんです。アイドル研究部の解散、もうちょっと待ってもらえませんか」
潤んだ瞳で訴えてくる冬美の視線にドキッとしつつも、宮前は冷静さを装って答えた。
「どの道、職員会議は二学期の始めだ。夏休みの間に何かが決まることはないだろう」
美喜雄は間髪を容れずに提案した。
「では夏休みの間に、ニシユルに “集団自殺の事実がなかった” ということが分かればアイドル研究部は存続できる。それでよろしいですか? 宮前先生」
「それを決めるのは私ではなく職員会議だ。それともう一つ、君たちアイドル研究部の部員が夏休み期間中に何か一つでも問題を起こすようなことがあれば、ニシユルの問題とは関係なく解散させられるぞ。南野君とか気をつけないと…彼はまだ部員なんだろ?」
美喜雄にそう忠告すると、宮前はエリーと共にアイドル研究部の部室を後にした。エリーは最後まで不満気な表情を浮かべていたが、宮前に諭されながら出ていった。
「安倍君ありがとう。助かったよ。少なくとも夏休みが終わるまで、アイドル研究部は潰されなくて済みそうだ。ところで南野はどうしてる?」
「あれから、まだ一度も学校に来てないみたいです」
美喜雄はスマホのスケジューラーに目を落とし、ぽつりと言った。
「明後日から夏休みか。NIFが始まるな」
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