第10章:終焉の牙
――赤き牙の王が、立っていた。
その姿は、人ならざる狼人間の極致だった。
漆黒の体毛が炎のように揺れ、筋肉は鎧のように隆起している。
背には骨の棘が並び、指先は鉤爪となって赤く光っていた。
目は、夜そのもののように深く、そして――血のように赤かった。
「来たか、クロウ」
王が唸るように言った。
ジョナサンは答えない。ただ、一歩、前に出る。
――あの夜、群れを見捨ててから何年が経ったのか。
血の盟約を破り、人として死のうとした男が、再びここにいる。
かつての王を自称する男と、今の王が睨み合う。
「俺たちはもう、言葉では通じ合えない」
ジョナサンが呟いた。
「そうだな。だから――牙で語れ」
次の瞬間、王が跳んだ。
巨体とは思えぬ速度で飛びかかり、爪が空を裂く。
ジョナサンもまた、その一撃をかわしながら、鋭く反撃した。
拳と爪、牙と咆哮。
肉体と本能がぶつかり合う、純粋な暴力の応酬。
周囲で戦っていた群れの兵たちが、思わず動きを止めた。
――これは、王たちの戦いだ。
その空気が、戦場のすべてを支配していた。
「お前は、“人間”のままでいるつもりか?」
戦いの合間、王が吐き捨てるように言った。
「お前の中のナイトは死んでいない。まだ眠っているだけだ」
ジョナサンの動きが、一瞬だけ止まる。
その隙を王は逃さず、ジョナサンを地面に叩きつけた。
土煙が上がり、骨が軋む音が響く。
だが、ジョナサンは笑った。
「……眠ってたのは、俺自身だよ」
地面を蹴り、体を反転させて起き上がる。
そして、喉の奥から咆哮を放った。
その声は、かつて群れを導いた男――
“クロウ”のそれだった。
「この夜に、俺は還る。すべてを終わらせるために」
空に血の月が浮かぶ。
王が再び吠え、二人は激突した。
その瞬間、地が割れ、空が揺れ、世界が震えた。
狼たちの咆哮と、銃声と、血の匂いが夜を満たしていく。
誰もが忘れられない、“終焉の夜”が始まった。
――そして、その夜の果てに。
ジョナサン・クロウの姿は、もうそこになかった。
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