第四話 要塞攻略

 「今回の作戦では君達には要塞の監視をしてもらう。君達訓練兵二人と先輩一人が組むから、もし何らかの異変や違和感があれば迷わずにすぐ近くにいる先輩方に報告してね。それでそのチーム分けなんだけど……」グレアはその場にいる者達の顔を見渡して、「エスとアーネール、テレサとアトリー、フユと『リリィ』、メシアと『シニン』が先輩一人と組む。フユとメシアに関してはいつもとは違う班の人達とペアだから仲良くするように」

 時は遡り要塞攻略の数日前。グレアはエス、メシア、アーネール、テレサ、アトリー、フユに作戦を共有している。場所はマーナ軍事基地の地下にある窓が一つも無い部屋。扉一枚でしか外界との出入りは出来ず、盗聴防止の為にこの部屋が使われているのだろう。

 グレアの説明を聞いたアトリーは、

 「監視するだけ……私達が実際に要塞に侵入する事は無いのですか?」

 「うん、絶対に。流石に細かな事は言えないけど、実際に侵入するのは私を含む数人のみだね。後のメンバーに関しては外で待機」

 「確か、マーナ軍って召喚獣を複数持っていますよね?彼らを使えば一気に要塞の攻略が出来そうですけど、そうしない理由って何かあるんですか?」とエス。

 「色々あるよ。召喚獣はありとあらゆるものを破壊し尽くすから街の資源は全てなくなるし、人的被害も大きくなるし、軽率に召喚獣を暴れさせると同士討ちの可能性だって出てくる。何より私達が一番懸念しているのは、召喚獣を奪われる可能性だ。訓練兵の時に習ったと思うけど、召喚獣一匹一匹が一般的な兵士一万人以上の力を有している。そりゃ、奪われないように慎重にならざるを得ないでしょ?」

 「なら今回は召喚獣を使わずに要塞の攻略を行うのですか?」

 「いや、使うよ。はっきりとした作戦を共有は出来ないけど、要塞にいるオルト兵達を一箇所に誘導して、そこに召喚獣、今回はイフリートを召喚してドカンとする予定だ」

 「……分かりました」

 アトリーがそう言うと、グレアはフユの方に目線を動かし、

 「それとフユ、今回の作戦には『レイ』も参加するよ。彼も要塞に侵入するメンバーの一人だね」

 「レイ兄さんが!?」

 フユはグレアの言葉を聞いた瞬間に目を輝かせ、その口角はみるみる内に上がっていった。いつもの彼女からは信じられない様な大きな声に、真っ赤にしたその顔。エスは内心そんな彼女に驚きながら、

 「なあフユ、レイって誰?」

 フユは待ってました、と言わんばかりに顔をエスに近づけると半ば叫ぶような声量で、

 「私の兄さんの一人で、とっても強いの!!私が『フブキ兄さん』と遊んでた時に熊に遭遇した事があったんだけど、あ、『フブキ兄さん』って言うのは私のもう一人の兄さんで、その時もレイ兄さんがすぐに駆け付けてきてくれて熊をコテンパンにやっつけちゃったの!それで他にも――」

 エスが彼女の熱量に若干引いていると、横から口をはさんだのはグレアだった。

 「まあ確かに、レイの力はマーナ兵の中でも群を抜いているね。私達は召喚士の数でオルトに負けているけど、それでも現在のマーナとオルトの間に大きな力の差がないのは本当にレイのお陰だから」彼女は指を折り始め、「召喚獣の数は私達が二体で、オルトが確か……五、いや、四体だっけな」

 「召喚獣って数で言うとだいぶ少ないんですね」とエス。

 「そうだね。昔はもう少し多かったらしいんだけどね、様々な要因から徐々に減ってきているんだ。最近ので言うと、オルトが持っていた『オーディン』と言う召喚獣も十二年前に行方不明になったらしいよ」グレアは再び皆の顔を見渡すと、「話が逸れちゃったけど、質問が無ければこんな物かな。さて、皆気を引き締めて取り掛かろう!」


 時は進み要塞攻略直前。フユがアトラス要塞横にある丘の所定の位置に行くと、そこには既に彼女の監視人・『ミモザ』の姿が。彼女の目は両端にかけて上に吊り上がっており、鼻も魔女の様である為何だか鋭く見える。湿度が高くじめっとした風に、今にも涙を溢しそうな幾千万の空。その時の天気は非常に不吉な物だったと言わざるを得ないだろう。しかしそんな天気を気にもせず、所定の位置につくなり目を輝かせてフユに近寄る者が一人。

 「私、リリィ!よろしくね!あなたの名前は!?」

 赤毛で低身長。文字通りに輝きを放っている瞳が二つ付いたその顔は、未だに幼さをどこか抱えている。そんな和気藹々とした朗らかな性格のリリィ。フユは彼女の性格が自らのそれとは真反対である事を一瞬の内にして理解したのだろう。目を合わせる事すらせず下を向いたまま、

 「えぁう……フ、フユって言います……」

 「なんかさ~~外から見てるだけってツマラナイよね~~……二人でこっそり要塞に行っちゃう!?ダイジョウブダイジョウブ、バレないバレない!」

 「ええ……だ、ダメですよ」

 やはり明るい人は突拍子も無い事を言う、早く帰りたい、等とフユが心の内に思っていると、それがミモザにも通じたのだろう。『私が監視しているぞ』と言いたげな表情でわざとらしく何度か咳き込むと流石のリリィも理解した様子だ。彼女はしかめた顔を隠そうともせず、

 「ツマンナイな~……」


 工場の煙突からもくもくと放出される煙を連想させる様な見た目をした雲。それを見上げて心を落ち着かせているのはアトリー。僅かに目を細め溜め息をつくと、彼女の傍に一つの人影が近寄ってきた。首を曲げ、そちらを見てみると――高身長で筋肉質の男。前髪は眉下で切り揃えられたぱっつんヘアだ。アトリーは小さく舌を打つと、

 「シニン、アンタの持ち場はここじゃないでしょ?さっさと戻って」

 彼らの間を通り過ぎた風がアトリーの髪を靡かせ、ネストの木々を悲しく鳴かせている。シニンは少し口元を固め怯んだ表情を一瞬だけ見せたがすぐに真顔になり、

 「『頑張ろうな』。これだけ言いたかったんだ」

 彼がそう言うとアトリーは思わずフッと笑みを溢して、

 「ああ……そうだね」


 アトリーが彼女の人生の要所要所に感じる嫌な予感は良く当たる。頭痛がし、胸が閊える感覚。それは、その日も同じであった。

 アトリーの瞳にバハムートの手により炎に包まれ、瓦礫と化した要塞が映り込んだ。焦りと後悔、一握りの希望。躊躇いもせず、彼女は顔を歪めて要塞に向かって走り出した。

 「おい!行くな!指示を待て!」

 彼らの付添人のフェルトがそう叫んだが、彼女の耳には入らなかった様だ。変わらずに要塞へ向かい駆けている。

 「指示を待つ!?そんな物、来るのか!?この状況で!?」

 テレサも内心そう思うが、どう行動すれば良いのか分かりかね立ち尽くす。周囲を見渡してみると、ふとバハムートが目に映った。徐々に高度を下げ、木々の中に隠れて行っている。

 「おい!」

 気が付くとテレサも走っていた。木々を駆け抜けバハムートが降りたであろう先へ進む。


 ぶっ殺してやる。それが、アーネールの正体を知り真っ白になったエスの頭に染み付いた、唯一の言葉であった。エスは自らの頭の中にある混沌とした感情を薙ぎ払うかの様に剣を振るう。真っすぐアーネールに突っ込み数度太刀を浴びせるが彼女をその全てを受け流した。

 「お前にどんな事情があったかなんて知らねえ!お前は!俺の……俺達の住処を奪った!ここでぶっ殺してやるよ、アーネール!」

 エスは胸の内でそう思い、今度は横から太刀を振りかぶった。だが、アーネールはそれを避けようともしない。それ所か真っすぐ彼に突っ込んできて、彼女の首元に太刀が当たった。しかしカキンと音が鳴り砕け去ったのは――その剣の方であった。

 「……え?」

 刃がバラバラに割れた。その事をエスが理解するより前にアーネールはエスの胸ぐらを掴み、自分の右足をエスの左足に掛ける。エスの視点が逆さまになり、彼の頭が蟀谷から地面に激しく激突した。脳に何か温かい液体がジワリと広がったかと思うと、それが脳を切り裂く様な頭痛に変わっていく。彼はピクリとも動く事無く地面に倒れ込み、視界が白くなっていった。

 「……ごめんね」

 アーネールは服に着いた土を払いながらそう言った。


 「急げ……もうすぐバハムートが降りた所に着くはずだ……!」

 テレサは木々を掻い潜り、バハムートの着地点を目指す。はち切れそうな心臓をどうにか抑え込み息を切らしながら走っていると、ふと彼の視界に他の班の人物が映り込んできた。長い黒髪に華奢な身体。メシアだ。テレサはすぐにそう判断した。彼女が横たわった木に頭をもたれ掛からせながら、地面に臥せている。もしかしたら先程のバハムートの衝撃で気を失ったのかもしれない。迷いもせず、テレサは彼女の元に駆け寄った。

 「メシア!大丈夫かい!?」

 テレサは見間違えていなかった。地面に臥していたのは、メシアである。だが――。

 「……メシア?」

 彼女の首元から黒くくすんだ色の血が流れ出しており、それがすぐ近くで血溜まりを作り出している。瞼から飛び出そうな程大きく見開かれた虚ろな目玉に、一切の生的活力を失ったかの様にして放り出された体。彼女の口の両端からは血が伝っており、喉元には何者かに滅多刺しにされた様な跡がはっきりと残っている。

 メシアが死んだ。

 テレサは彼女を一目見て、そう判断した。そう思ってもおかしく無い程の、凄惨な現場。

 「ごめん……救えなくて……」

 彼女の目を手の平でそっと閉じ、彼女の傍にあった木の下に置いた。


 「大丈夫だよ、もう一回やり直すだけだから」

 アーネールは地面に寝転がるエスにそう呼びかけ、彼の頭を軽く撫でた。

 彼が無抵抗に撫でられている姿を見て口元を綻ばせている時に、彼女の背後から草を掻き分け、何者かが近づいてくる足音が聞こえてきた。溜め息をついて振り返ると――テレサが震える手で銃を握りしめ、彼女に銃口を向けていた。

 「おや、テレサじゃ――」

 「手を上げて。僕はいつでも君を撃てる」

 アーネールの、まるで何も特別な事が起こらなかったかの様な明るい口調で喋り出された言葉をテレサの声が掻き消した。彼の心の内にある困惑を覆い隠すかの様な、張りぼての冷静な声色。アーネールは彼の言葉を聞き口の両端を吊り上げると、

 「い~や、君には出来ないね。だって君には勇気と自信が無いからね」

 「……試してみる?」

 バハムートはアーネールの近くで静かに二人の行方を見守っている。固く閉じられたテレサの口元に、眉の間を流れる冷汗。引き金に掛けられた指が僅かに動くと、アーネールの両目と意識は銃口にのみ割かれ、いつの間にか彼女の表情は真剣その物になっていた。その為、気が付けなかったのだ。その、簡単な陽動作戦に。アーネールの前方でテレサが今にも引き金を引こうとしているその瞬間、彼女の背後で――エスがゆっくりと、その身を起こしていた事に。

 「な……」

 彼女がその気配を察知し、振り返った頃にはもう遅かった。

 エスは彼女を押し倒し、すかさずその上に跨った。全身全霊の力を込め、彼女の首を締め上げる。アーネールは苦しさの余り顔全体を真っ赤に染め上げながら皺を作り上げ、両目をきつく閉じている。何度か咳き込みながら両足をバタつかせ、エスの腕を爪で傷付けた。彼の腕から出た血は手首を通り、アーネールの首に赤い染みを作るが、それでもエスは力を込め続ける。

 「お前に正面から戦っても勝てっこ無いって分かってたからな……油断するまで待っていたんだ」

 「ああ……そう……私の言いつけ、守れて偉いね……」

 アーネールは口でこそそう言ったものの、既に余裕が無い事は誰の目にも明らかである。そう、明らかである――はずだった。彼女は足をバタつかせるのを止め、真っ赤になった顔に笑みを溢すと、不意に近くに佇んでいるバハムートに右手を伸ばした。


 「今すぐ要塞に行くべきです!」とリリィ。

 「いや駄目だ!返って現場が乱れる!」とミモザ。

 時を同じくして、フユの班。そこではミモザとリリィが口論をしている。要塞に行くべきか、ここに留まり指示を仰ぐべきか。フユは何とか二人を仲裁しようとするもどうすれば良いのか分からず、彼らの近くで慌てふためいているだけだ。

しかし、彼らはすぐに別の決断を迫られる事となった。

 「だからこんな所にいても――」「新入りは黙って――」

 言葉が重なった瞬間、突如、彼らの言い合いを押し留めるかの様にして遠くで炎が舞い上がった。体長二十メートル程の、竜巻が焔を纏ったかの様な炎。その発生地点は距離にして三十メートル程離れた隣の班であろうか。そこからの炎にも関わらず、彼らの身を焼く様な熱をその身にひしひしと感じ、三人の瞳に反射するのは炎の煌めき。

 何か、途方も無く強い者がいる。

 一目見た直感だけでそう分かる程の規模。よく見ると、その炎の周辺には何か小さくて黒い、蟻の様な物が打ち上げられている。いや、炎の縮尺から考えるとそれは――マーナ兵だ。

 十秒程度経過して炎の嵐は次第に勢いをなくし、最後には細い糸の様な煙となり消えていった。しかし、その炎を作り出した根源は重たい足音と共にフユ達の元に近づいてきている。ドスン、ドスン、と地を揺らしながら。そして遂に、『それ』はフユの元にたどり着いた。

 一瞬、木の影が鈍く赤い光を灯したかと思うと、その暗闇から現れてきたのは――。

 全身が炎に包まれた蜥蜴の様な獣。四足歩行で、その肌は黒ずんで見える。頭から生える二本の立派な角は赤く、目の両端が吊り上がった鋭い目付き。

 「召喚獣……イフリート……」

 ミモザは思わず、そう呟いていた。

 フユ達を視界に収めると口の両端から炎を吐き出したイフリート。そこにいた三人はその怪物を認めた瞬間、全身の穴から汗水が湧き出し、手足を竦ませた。息を吸って、吐く。それすらも困難に感じてしまう程の圧倒的格上感。

 イフリートの目の奥が、赤色に光った。


 アーネールはバハムートに触れて何かをしようとしている。テレサがそう判断した瞬間には二人の元に掛け始めていた。エスは変わらず全体重を込めて彼女の首を絞めている。アーネールは薄れゆく意識の中もう少しでバハムートに触れる事が出来そうだ。

 「残念……もう遅いよ……」

 走るテレサ。首を絞めるエス。腕を伸ばすアーネール。皆、後もう一息で――。

 その瞬間、大きな地鳴りと共に三人の視界が激しく上下に揺れた。まるで地球その物が怒っているかの様な、地面その物が激しく鼓動しているかの様な、大きく、広範な地響き。その振動に足元を掬われたテレサは大きく尻もちをつき地面に倒れた。木々は騒めき、野鳥が空へ逃げ出す。

 突如、その場に訪れた巨大な地震。それと共に要塞の地面の中から姿を現したのは――。

 体長六十メートルの岩人間。全身がこげ茶色の岩石で構成されており、人間でいう所の目と鼻はへこんでいる。そしてその両目から鈍く放出されているのは、黄色の光。

 「召喚獣……タイタン……」

 その召喚獣はエス達にぐっと顔を寄せ、要塞から彼らの事をまじまじと見ている。三人から見るとタイタンの正面部分は黒い影が掛かっており、タイタンの影が三人の身を覆い隠している。

 「一体……」

 滅多刺しにされたメシア。突然自らの正体を表したアーネール。

 そして、突如現れた二体の召喚獣。

 「何がどうなっているんだ……?」

 タイタンの目の奥が、黄色に光った。

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