第7話 旅立ち前の修行


 次の日。


「あれ?……私」

「おっ、ようやく目が覚めたか、この寝坊助め」


 太陽が昇り出したところで、ようやく暴れ娘が目を覚ました。

 俺は迷惑をかけられたお返しとして、おでこにデコピンをすると、彼方を見つめていたギルネリーゼの瞳がこちらを捉える。

 次の瞬間、全てを思い出したのか彼女はさぁーっと顔を蒼くなった。


「申し訳ありません!?恩人の貴方に私は大変なご迷惑を」

「大丈夫大丈夫。あのくらい慣れてるから気にすんな」

「しかし──「が、そんなに言うんなら仕方ねぇ。遅れを取り戻すために死ぬ気で頑張ってくれよな」──へ?」


悪いけど、そういう罪悪感を感じるくだりとかしている暇ないんだよね。

 俺はニッコリと笑みを浮かべ、ギルネリーゼを大量の本が置かれた机の前に座らせた。


「さんかく、まる、お星様、ぐるぐるぐるぐる」

「人の身体は、水。つまり、肉は水。水は肉。だから、人間は水」

「あ、あの〜、二人に何をしたのですか?」

「普通に治癒魔法について勉強させただけだぞ」


 本に齧り付いているメルとシンシアの熱意に驚いたのか、こちらに困惑の眼差しを向けてくるギルネリーゼ。

 うんうん、分かるよ。

 この二人と同じように出来るか不安なんだよな。

 

「昨日寝て出遅れて焦る気持ちは分かるが、大丈夫だ。死ぬ気で頑張れば普通に追いつけるから」

「えっと、私が言いたいのはそう言うことではなくてですね。二人の目が虚なことについてなのですが」

「あぁ、それは昨日からずっとぶっ続けで勉強してて集中力が散漫になっているだけだ。問題ない」

「寝てない!?問題ありですわよ!?」


 起きてすぐキャンキャン騒ぎ出す紫娘。

 やれやれ。

 この程度のことで狼狽えるとは人生経験がまだまだ浅いな。


「大丈夫だ。人間一徹二徹したところで死ぬことはねぇよ。それに──」


 ガルルと今にも噛みつきそうな狂犬を抑えながら、俺は机に倒れ伏しているメルに手を伸ばした。


「うう〜、頭が痛いのです」

「『鎮痛ペイリー』」

「痛いのが引いたです」

「──やばくなったら魔法を掛けてやるから問題ない。安心しろ」


 そう言って、俺はサムズアップすると何故かギルネリーゼは「全然安心出来ませんわ!?」と悲鳴を上げた。

 

「なっ!?椅子から立ち上がれない!?」

「あっ、ちなみに治癒魔法を使えるまでそこから離れられないよう『拘束バインド』を使ってるから。逃げられないぞ」

「そんな……お花摘みの時はどうするのですか?」

「浄化魔法で綺麗に出来るから安心して漏らしていいぞ」

「いやぁーーーー!!?」


 ようやく自分が詰んでいることに気が付いた少女の悲鳴が早朝の街に響き渡る──なんてことはなく。

 俺が貼った消音魔法によって窓の外を出る前によってかき消されるのだった。


「あーもう!やればいいんでしょう!?やれば!?」


 数分が経ったところで諦めがつき、他二人同様に本を読み出したギルネリーゼ。

 俺はそれを部屋の端から「おー、その意気で頑張れよ〜」と応援すると、ギロリと鋭い視線が返ってくる。


(ふっふっ、めちゃくちゃ怒ってんなぁ〜。まぁ、一週間もしたらあの目が尊敬の目に変わると思うと楽しみだぜ)


 三人に見えない角度で密かにほくそ笑みながら、文字が読めないメルのために新たな教材を作成するのだった。



 2日後。


 日が登り始めたところで、「出来ました!」と宿の部屋から歓声が上がった。

 上げたのはギルネリーゼ。

 彼女は綺麗に塞がった俺の腕を見て、満面の笑みを浮かべている。

 彼女に釣られて感動した俺はワシャワシャと頭を撫でながら「おぉ、よくやった!やっぱ生活魔法が使えてただけに習得が早いな。偉いぞ!」と褒めてやると、「ふんっ!貴方に褒められても全く嬉しくありませんわ!この鬼畜エルフ」と罵声が返ってきた。

 しかし、その声色は弾んでいて、喜んでいるを隠しきれていなかった。


「羨ましい」

「うぅ、全然出来ないのです」


 まだ魔法が使えない組はギルネリーゼの方を羨ましそうに見つめる。


「まぁ、お前らも後もうちょいで出来るから気にすんな」


 そんな二人にフォローを入れつつ、俺はパンっと手を叩き三人の視線を集める。

 

「よしっ、お前らよく頑張ったな。飯食いに行くから準備しろ。露店で好きなもんを買ってやる」

「「「えっ?」」」


 一斉に目を丸める三人。

 まぁ、それも仕方ない。

 俺は彼女達に魔法を覚えるまで出さないと言って、本当に涙を流そうが、しょんべんを流そうがお構いなしに彼女達に勉強を強制し続けていた。

 さぞ、彼女達には俺が最低最悪の鬼教官に見えていたことだろう。

 耳を疑う気持ちは分かる。

 が、今日の結果はどうであれ元々こうするつもりだった。

 何故なら

 

「そんで、飯を食ったらウィルバート領行きの馬車に乗るから。そこのリュックを各自忘れないように」


 ──この三日でウィルバート領へ行くための必要な準備が整ったから。

 本音を言えば彼女達全員が魔法を覚えるまで特訓したい。

 が、魔法を覚える時間には個人差があって、全員習得するのを待つとなるとかなりの時間が掛かる。

 その間に貰えるはずの金貨2枚を逃すのは勿体無い。無さすぎる。

 だから、俺は諸々の準備が整った時点で切り上げて、ウィルバート領へ向かうつもりだったのだ。

 そんなわけで、ギルネリーゼが治癒魔法を覚えたのは俺にとってあまりにも吉報だった。

 マジで覚えると思ってなかったからな。

 財布の紐が緩むのは当然のことだ。


「ようやく、うんちに行けるのですよぉ〜」

「ご飯、ご飯、ご飯」

「あぁ、ようやくゆっくり寝られるのですね」


 鬱憤が溜まりに溜まっていたせいか、ギュッと抱き合い歓喜する子供達。

 その後、ワンワンとガチ泣きし、メルがぐしゃぐしゃの顔でトイレに突撃した姿を見て、ほんの少しだけ罪悪感を覚えた。

 


 

 

 

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