第2話


翌日




「元王女様―――いや、魔女様。貴方はうちの倅に危害を加えたらしいな」

「いえ、あれは事故です」


次の日には彼の親である男爵が修道院へと訪ねてきた。数人の護衛を引き連れ、鬼の形相で私へと詰め寄る。

彼もまた、私を嫌っている。


「言い訳を言うな!散々倅を誑かしやがって。お陰であの子はいつもどこか上の空。これも全て貴方のせいだろ」

「そんな、彼が勝手に、」

「黙れ!どうせ汚らしい闇魔法で倅を操っているのだろう!国からの命令がなければとっくのとうに殺していたのに」


私を無償でこの地にいさせてくれるわけではない。命令があるから住むのを許可しているだけで、彼はいつでも私に非ぬ罪を着せて追い出すことだってできる。


「謝罪しろ、魔女!土下座だ土下座!」


ここは彼に従うしか無い。まだ私は死にたくないから。


「申し訳ありませんでした」


膝と手を地面につけ、深々と頭を下げる。顔を見なくとも、ニヤニヤこちらを見つめているのは分かる。

彼らはこうやってストレスを発散しているのだ。


「嫌だな、やっぱりここから出ていけ」


その言葉に顔を上げて思わず睨みつけてしまう。

いつもの軽口だろうが、私としては大事なこと。じーっと睨みつけると、少し慌てた様子で去っていった。


私の目を十秒見てしまったら呪い殺される。

最近ここら辺で噂されている迷信だ。そんなことはないんだが、道行く人々にはいつも顔を背けられる。


虚しくて悲しい毎日を過ごしている。




その日の夜、私は修道院をこっそりと出て、この地を去ることに決めた。これ以上はこれまで優しくしてくれた修道院の人々とハンスに迷惑をかけてしまうから。

ずーっと過ごしてきたこの地を去るのは心苦しいけど、私という存在は必ず誰かに迷惑をかけてしまう。


手紙を机の上に置いた後、音を立てずに修道院を出る。古びた革の靴を履き、貴重品の入った小さな袋を持ってこの地を去った。


どこか私という存在を認めてくれる場所へと、旅立った・・・・





数日歩いて隣国の街へとたどり着いた。だが、そこでも私は忌み嫌われる存在だった。この世界には一つの宗教しか存在しない・・・・だから、黒髪の私はすぐにバレてしまう。




また数日後には別の国へと向かう。道中では顔を背けられ、急に蹴られたこともあった。なんとかしてたどり着いたその国でも、私は迫害された。





どこにも私の居場所はなかった。



神に、国に、民衆に、家族に。全存在から嫌われている私に生きる価値はあるのだろうか?



これまではなんとしても生きてきた。いつか私という存在が認められることを願って。でも、やっぱりそんなのは叶わない夢だった。結局いつも結果は同じ。

理性では理解していながら、心のどこかで期待してしまっていた。





なんて私は愚かな女なんだ。





ああ、死にたい。この世を呪いたい。神を殺したい。





あの頃が懐かしくてしょうがない。ハンスが遊びに来てくれて、色々なことを教えてくれて、私を好きになってくれて・・・


でも、それを捨ててきた。後悔はない。それが私を少しの間でも幸せにしてくれた彼への恩返しだから。



この世界には私はいらなかった。何で生まれたのか考え、恨んで、泣いた。



さようなら、酷く醜く理不尽な世界。



貴方方を呪いながら私は死に―――





「死なないでください!」



喉喉をかっ切ろうとしたナイフを、誰かが掴む。私は抵抗して力を入れるが、血をダラダラと垂らしながらも誰かが刃の部分を握りしめて自殺をさせてくれない。


「リビアさん!貴方が死んだら、悲しむ人がいます」

「うるさいわね!私は神から、世界から、民衆から、家族から嫌われた人よ!一体誰が悲しむのよ!」

「僕です!」


そう叫ぶのは、赤いマントを羽織る、クリーム色の髪の青年。顔は少し腫れているが見覚えのある、懐かしい人。


「何で、ハンスがここにいるのよ」

「リビアさんこそ、どうして黙って出ていったのですか?僕は親に叱られ殴られながらも必死に探していました」

「どうしてそこまで・・・」

「貴方が好きだからに決まっているじゃないですか!」


さも当然のように大声で言う。こちらをじーっと見つめられて、少し恥ずかしくなって顔を背ける。


「どうしてよ!私の何処が良いのよ!たった一回命を助けただけなのよ」


「いつもはかっこいい女性なのに、美味しいお菓子を食べたら子どものように目を輝かせるところ」

「!!!」


真面目な顔で見つめながら、そう言ってくる。


「部屋にいる蜘蛛に、たまに話しかけるところ」

「え、」

「歌を歌いながら花に水をあげるところ」

「ちょ、」

「髪が綺麗で、肌も美しい。物知りでいつも何かを勉強しているところ」

「も、もういいから!」


誰かにそんな細かいところまで見られていたなんて・・・恥ずかしさで顔が熱くなる。


「あの時、助けてもらった時は一目惚れだったかも知れません!でも、貴方をどんどん知っていくうちに、ますます好きになりました!その気持ちに嘘偽りはありません!」


彼は純粋な心の持ち主で嘘をつかない。だから本心なんだろう。

女性としてはこれ以上無いほどの好意を寄せてもらっている。でも、私は、


「私は魔女!誰かを不幸にしてしまう災厄!貴方を惑わしているだけかも―――」


すると彼が突然私の背中へと手を回してきて、強く引き寄せられる。彼の胸が私に当たり、思わず抱きついてしまう。


「魔女じゃありません!僕の知っている貴方は魔女なんかじゃない、普通の女性―――ただ僕にとっては特別な人なだけです」


心臓がバクバクと早く鼓動する。顔は首まで真っ赤になる。


「僕は馬鹿で、無知かも知れません。でも、これだけは断言できる」

「な、何よ」

「貴方は迫害されるべき人じゃない。たとえ闇魔法を使えようとも、心が綺麗で優しい貴方が恐れられる必要はない。もしそれを否定するなら、たとえ神だろうと世界だろうと国だろうと民衆だろうと家族だろうと・・・僕はそいつらを否定する」


やっぱり理解できない。どうして、そこまで、


「もう一度言います、リビアさん。死なないでください。僕は貴方に純粋に恋をした、好きになってしまった。いつでもどこでもこれからもそばにいます、味方でいます。ですから、結婚してください」


彼は私の目を真っ直ぐ見つめる。背丈は同じだというのに、どうしてだか大きく見えてならない。これまでは年下の弟としてしか見れなかったのに、今では一人の男性として彼を見ている。



これが恋をするということなのか?



魔女であるこの私が、恋を?



「私で本当に良いの?」

「はい!」


どう返答しよう。彼と結婚することでどれだけ迷惑をかけるのか、どれだけ過酷な人生になるのか・・・想像すると後一歩が踏み出せない。


彼との生活はどれだけ楽しい日々になるのか・・・でも、いつか壊されるかも知れない。私達の意思に関係なく。



だったら、



「ねえ、ハンス。貴方の告白には一年後、必ず答えるわ」

「???どういうことですか?」

「貴方のところへ必ず訪ねるわ。それでも愛してくれる?

「もちろんです!この五年間、一度もその心が揺れたことはありません!」

「もし私がどんなに変わっていようと、受け入れてくれる?」

「はい!」



そうね、彼ならきっと・・・



「だったら少しお別れね。ほんの一年間だけ待っていてね」


私は彼にそう言った後、大事にしていたネックレスを渡した。


「貴方のお陰で私は救われた。でも、貴方だけに頼っていたらだめ。私はここから変わらなきゃいけないの」


そう言い残して、彼の元を去った。

何かを言おうとした彼はすぐに口を噤み、にっこりと笑いかけてくる。



きっと、分かってくれる。私は前へ歩くと決めたことを。





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