第2話 ルクスとの出会い

 そのドラゴンは30センチほどの大きさだった。鱗はエメラルドのように輝き、目はルビーのように赤い。パタパタと羽を動かして彩葉のあとをついて回る。

「オレに断りもなく、いつから棲みついているんだ?」

 言ってる事は偉そうだが、迫力がない。背中についた小さな羽が忙しなく動いているのも可愛らしい。

「ごめんなさい。あなたの縄張りと知らなくて。よかったらお茶でもどうぞ」

 彩葉が小屋へと案内すると、興味深そうに周りをパタパタと飛び回る。

「おい! この小屋どうやったんだ? オンボロだったはずじゃねえか」

「えっと、まあ。魔法でちょっと……」

「お前っ、魔法使いなのか!」

「いや、そんな大した者じゃないわよ。ちょっとだけ、その、能力があるだけ」

「能力? どんな能力なんだ?」

「どんなって言われてもねえ。そうだ、ハーブティーはいかが?」

「なんだそれは?」

「わたしが摘んできたハーブを乾燥させて作ったんだけど。飲んでみない?」

「わかった。お前も飲むなら飲んでやる」 

「ふふ。いいわよ。ちょうど喉が渇いてたの」


 薄黄色のハーブティーを自作のカップに注ぐと興味津々とばかりに匂いを嗅ぎ始めた。

「甘い爽やかな香りがする?」

「良い香りでしょ? 飲んでみて」

 彩葉は先にカップに口をつけて飲んでやる。甘い香りと爽やかなのどごしにほっと一息つくと、それを見ていたチビドラゴンも器用に両手でカップを持って飲み始める。

「美味いな! なんだかすっきりするぞ」

「でしょ? 自分でも良い出来だなって思ってたのよ」

「他には? 何があるんだ? 教えろ」

「そうね。今のところはアロマキャンドルかな」

「なんだそれ! 早く見せろ!」

 チビドラゴンのきらきらした目で見つめられると悪い気はしない。


 彩葉がキャンドルに火を灯すとほのかに甘い香りが漂い始めた。

「おお! 花の香りだ!」

「そうなの。丘の周辺の花たちを乾燥させたり、エッセンスを取ったりして蝋と混ぜて作ったの。良い香りでしょ?」

「なるほど。これがお前の能力というやつか」

「ええ。そうね。工房魔法というの」

「わかった。お前をオレの縄張りの一員に認めてやろう!」

「まあ。ありがとうございます。これからよろしくね。えっと……」

「オレの名前はルクスだ」

「私は星野彩葉ほしの いろはよ」

「わかった。ホシノイロハだな。おい、ホシノイロハ、他には何が出来るのか教えろ」

「フルネームは呼びずらいでしょ。イロハでいいわ」

 

 その後、土から陶器を作り出すところや、植物と話しが出来る事などを見せてやるとチビドラゴンは面白そうに私の周りをパタパタと回りだした。

「イロハ! オレはお前が気に入ったぞ。お前といると退屈しなさそうだ!」

「あら。そう? ふふ。ではお友達になりましょう」

「お、おトモダチ? そ、そうか。いいぞ。おトモダチになってやる!」

 その日からルクスは彩葉の小屋に頻繁にやってくるようになり、とうとう居ついてしまった。彼女としても話し相手が居た方が気がまぎれるし、ぬいぐるみのような容姿の可愛いチビドラゴンを突き放すことは出来なかった。


「ねえ、私は戦闘スキルがないんだけどルクスって戦闘力は高いの?」

「まあな。ドラゴンだからな」

「じゃあ、何かあったときは助けてくれる?」

「おう! オレにまかせとけ! イロハを守ってやる」

 胸を張るチビドラゴンは、可愛さがアップするだけで、とても強そうには見えない。だが、守ると言い切ってくれた事が彼女は嬉しかった。


「なあ、イロハ。こんなに沢山作ってどうするんだ?」

 ルクスは木のテーブルの上に並んだ大量のキャンドルを見ながら尋ねた。

「ええっと。作っていくうちに楽しくなっちゃって、気づけばこんなになってしまって」

「ふはは。イロハはやっぱり面白い奴だなあ! 楽しいから作り続けるなんて。オレもお前のキャンドルは気に入ってるぞ。いろんな香りを欲しくなるしな」

「それよ! ルクス、あなた良いこと言うわね!」

 元々、この世界で生きていくために何かを始めないといけないと思っていた彼女は、ルクスの言葉に閃きを感じた。それに、スローライフは順調だが、足りない資材などもある。どうやって手に入れようかと思案していたのだ。


「決めたわ。私、この小屋を工房にしてお店を開くわ!」

「工房か。なるほど。イロハのスキルにはぴったりかも知れぬ。良いと思うぞ」

「ルクスも手伝ってくれる?」

「おう! 当たり前だろ。お、おトモダチなんだから……」

「ルクスったら! 可愛い!」

「可愛くなぞない!」

 彼女が思わず抱きしめると、口では嫌がる素振りをしながらも嬉しそうに目を細めるルクスであった。


 しばらくして、ルクスはドワーフをひとり連れてやってきた。背は高くないが、がっちりとした体形で、ゴツゴツとした大きな手で背中に斧を背負っている。

「こいつは木こりで木工職人だ。モノづくりには材料がいるだろう?」

 彩葉の工房魔法は何もないところから生み出すことが出来ない。必ず材料が必要なのだ。

「はじめまして。イロハといいます」

「……アルバだ」

 アルバと名乗るドワーフは切り倒したばかりの木材を小屋の隣に積み上げる。

「屋根に上っても良いか?」

「あ、はい。どうぞ」

 アルバは口数が少ないらしく、屋根に登ると黙々と苔を落とし、木くずが舞う。本格的に修理を始めてくれた。彩葉も工房魔法で簡易的に穴をふさいだが、豪雨や台風がきたら耐えられなかったかもしれないと気づく。


 小屋はあっという間にログハウス調のしっかりした屋根に変わっていた。それに、ルクスと一緒にハーブを摘みに行っている間に、部屋の中にも大きな支柱が組み込まれていて頑丈な造りになり、ウッドデッキまで作成されている。外観からして工房らしくなっていた。

「凄い。この短時間でいったいどうやって?」

「ドワーフだからね」

 ルクスが当然のように言うとアルバもうなづく。本格的な建築は、やはりドワーフの方が優れている。彩葉とは違う能力スキルが使えるのだろう。 

「アルバさん、ありがとうございました。これよかったら使ってください」

 彩葉は両手いっぱいのアロマキャンドルを渡す。アルバは不思議そうにキャンドルの香りを嗅ぐと、ニカっと白い歯を見せて笑った。

 それからアルバは彩葉の作ったキャンドルが気に入ったようで、質の良い木材やいろいろな鉱石と交換に、度々工房に来てくれるようになったのだ。




  

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