第34話 クソみたいな青春の裏

 2000年5月。常総学院の校門前で、境の不良たちと対峙する強志の耳には、怒号と鉄パイプの鈍い金属音が響いていた。彼の頭の中では、尾崎豊の歌が鳴り響いているはずなのに、今はただ、目の前の暴力の予感だけが支配していた。

 そんな彼の日常とは遠く離れた場所で、日本の音楽シーンでは新たな才能が次々とブレイクし、その度に大きな話題を呼んでいた。

『Love, Day After Tomorrow』と倉木麻衣の衝撃

1999年12月8日にリリースされた**倉木麻衣のデビューシングル『Love, Day After Tomorrow』**は、瞬く間にミリオンセラーを記録し、彼女を一躍トップアーティストへと押し上げた。彼女のミステリアスなデビューの仕方、R&Bの影響を感じさせる洗練された曲調、そして何よりもその透明感あふれる歌声は、当時の音楽シーンに大きな衝撃を与えた。

 しかし、その成功の裏で、倉木麻衣には厳しい視線も向けられた。デビュー時期や歌唱スタイル、さらにはプロモーション戦略までが、当時すでに絶大な人気を誇っていた宇多田ヒカルと類似していると指摘されたのだ。特に、人気お笑いタレントであるダウンタウンの浜田雅功がテレビ番組でこの「パクリ疑惑」に言及してしまい、大きなトラブルへと発展する騒ぎとなった。


 続く比較と音楽シーンの潮流

 倉木麻衣の件が一段落したかと思えば、その後も同様の比較は続いた。シンガーソングライターとして登場した矢井田瞳もまた、その独特な歌い方や歌詞の世界観から、個性的な存在感を放っていた椎名林檎と比較され、「パクリ」と揶揄されることがあった。

 この時期の音楽業界は、いわゆる「ディーバ」と呼ばれる女性シンガーソングライターが次々と登場し、それぞれの個性を競い合う活気に満ちていた。しかしその一方で、突出した才能が現れると、先行するアーティストとの比較論が巻き起こり、それが時に「模倣」というネガティブなレッテルへと繋がってしまうという一面も持ち合わせていた。

 強志が身を置く暴力的な現実とは対照的に、華やかな光を放つ音楽の世界。しかしそこにもまた、「オリジナル」であることへのプレッシャーや、世間の厳しい評価という、別の形の「戦い」が存在していたのだ。強志は、作家として「表現」することを志す中で、こうした先行者と追随者、あるいは模倣と創造の間の曖昧な境界線についても、深く考えることになったかもしれない。彼は、自身の物語の中で、そうした「表現者の葛藤」をも描こうと試みるのだろうか。

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