第26話 土浦花火大会
南栗橋での「坂東クーデター」騒動から数日後、強志はいつもの日常に戻っていた。赤堀はデモの首謀者として警察にマークされているという噂が流れているが、具体的な動きはない。しかし、彼の心には、あの夜の出来事が深く刻み込まれていた。
そんな中、犬上から連絡があった。
「なぁ強志、土浦の花火大会行かね?ちょうど今日なんだよ」
土浦の花火大会は、全国的にも有名な大規模なものだ。喧騒を避けるため、強志はあまり人混みに出かけることはなかったが、犬上の誘いに珍しく乗ることにした。気分転換が必要だったのかもしれない。
ハリケーンGXを軽快に飛ばし、犬上と合流する。祭りの熱気が漂う土浦の市街地を進むにつれ、強志は少しずつ気分が高揚していくのを感じた。
しかし、その高揚感は、あっけなく打ち砕かれることになる。
花火が打ち上げられる河川敷に近づいた時、けたたましいバイクの爆音が強志たちの背後から迫ってきた。ミラーを見ると、数台の改造されたバイクが猛スピードで追い上げてくる。その乗り手たちは、いかにもといった風貌の**暴走族、通称“ゾッキー”**だった。
「おいおい、こんなとこでチャリかよ!邪魔だっつーの!」
先頭を走っていた男が、挑発するように叫んだ。彼はノーヘルで、顔には大きな傷跡がある。彼のバイクは、けばけばしい装飾が施され、夜の闇に不釣り合いなほどギラギラと輝いていた。
「どけよ、コラァ!俺らの邪魔すんな!」
後ろのバイクからも罵声が飛んでくる。強志は冷静に対応しようとするが、ゾッキーたちは執拗に煽り運転を繰り返す。車体をぶつけるかのように接近し、蛇行運転で道を塞ぐ。一歩間違えれば、衝突して大事故になりかねない状況だ。
犬上が焦った声を出す。「やべぇぞ強志、あれ“霞ヶ浦レクイエム”だ!土浦じゃ一番ヤバい連中だよ!」
強志は、ゾッキーたちの顔を覚悟を決めたように睨み返した。南栗橋での一件以来、彼の内には、理不尽な暴力に対する静かな怒りが燃え上がっていた。
「……こんなところで、喧嘩するつもりはない」
強志は静かに言い放った。
しかし、ゾッキーたちはその言葉を挑発と受け取ったようだ。
「へぇ?ずいぶんイキがってんじゃねぇか、このチャリ野郎が!」
先頭の男がバイクを止め、強志の目の前に立ちはだかった。他のバイクも次々と停まり、強志と犬上は完全に囲まれてしまった。周りの通行人たちは、トラブルを避けるように足早に去っていく。
「おいおい、まさか花火より俺たちの方が“爆音”だってか?ん?」男がニヤリと笑う。
その時、夜空に一発目の花火が大きく打ち上がった。ドーン、という鈍い音が響き渡り、色とりどりの光が闇を切り裂く。しかし、強志の目には、その美しい光景は入ってこなかった。彼の視線は、目の前の男に釘付けになっている。
「……何が目的だ?」強志は、静かに問いかけた。
男はタバコに火をつけ、フッと煙を吐き出した。「目的?ああ……お前みたいな気に食わねぇ奴を、ちょっと“教育”してやろうと思ってな」
花火の光が、男の顔の傷跡を不気味に照らし出す。強志は、目の前の状況が、もはやチャリや花火とは無関係の、別の“戦い”に発展していることを悟った。彼の脳裏には、尾崎豊の「Driving All Night」が鳴り響いていた。
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