第5話 ポケベルとプリクラと、強志の恋
1996年、春。
小池強志――中学2年。冴えない丸刈り頭に、制服の第一ボタンすら閉められない不器用な少年。部垂中学の誰もが彼のことを「弱虫小池」と呼んだ。
だが、ある日を境に、彼の人生は少しずつ「流行」に巻き込まれていく。
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「ねぇ、小池。ポケベル、持ってる?」
そう聞いてきたのは、マユミ。茶髪にルーズソックス、ミニスカ制服に香水の匂い。典型的な“コギャル”だったが、彼女はクラスでいちばん明るく、そして強志にだけ時々優しかった。
「……持ってない」
強志が答えると、マユミは笑った。
「じゃあ、買ってもらいなよー。番号教えてくれたら、ベル打つからさ♪」
それは、彼にとって人生初のモテ期だった。
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数日後、強志は父親に頭を下げ、無理を言って中古のポケベルを買ってもらった。番号をマユミに渡すと、授業中、シャツの内ポケットで震えるポケベルが、強志の心臓よりも先に鳴った。
【114106 アイシテル】
強志の顔が真っ赤になる。「マジカルバナナ」的に言えば、愛してる→ドキドキ→ポケベル→強志→青春。
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放課後、ふたりはプリクラを撮りにゲームセンターへ行った。初めてのプリクラ、初めてのツーショット。マユミは落書きで“タケシ♡マユミ”と書いた。
「これさ、部垂中で流行らせよーよ」
「え……俺の名前、“ツヨシ”だよ?」
「いーじゃん、マジカルバナナ的に、ツヨシって言ったらタケシ思い出すし?(笑)」
強志には意味が分からなかったが、マユミが笑うなら、それでいいと思った。
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夏、ミニ四駆ブームが再燃し、強志は『マグナムセイバー』に夢中になった。
マユミが言った。
「うちら、ギャルサーの名前“プリクラセイバーズ”にしたから!」
「……え、ギャルサーって何?」
「そういうのが流行ってんの、マジカルバナナ的にさ!」
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1996年は、強志にとってまるで自分が時代の波に乗ったような年だった。
けれど秋、マユミの父の転勤で、彼女は札幌に引っ越すことになった。
最後の日、渡されたプリクラにはこう書いてあった。
> “1996→114106→ずっと流行っててね、小池くん”
強志は、ポケベルの液晶画面を見つめながら、何度もその数字を打ち直した。
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数年後――
渋谷の雑踏、プリクラ機の前で高校生たちがはしゃぐ中、一人の男が小さなゲームセンターで働いていた。
坊主頭は今や茶髪に変わり、制服のボタンもちゃんと留めている。
彼の名は、小池強志。
あの“弱虫小池”は、いまや**「プリクラ番長」**と呼ばれていた。
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彼の口癖はこうだ。
「マジカルバナナ的に言えば、青春はプリクラから始まんだよ」
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