第3話 天下布武
放課後の音楽室裏――そこは“処刑場”だった。
いつものように津田翔吾と取り巻き連中が、小池を待ち構えていた。机を並べて即席のリングを作り、興奮したように口々に叫んでいる。
「本日のメインイベントは、ヨボヨボ小池vsザ・津田!」
「ウォォ~~! 試合開始だーッ!」
逃げようにも、背中を押されてリングの中央へ放り出される。小池の足元はすでに震えていたが、誰も止めない。いや、止める者などいない。教師も、他の生徒も、見て見ぬふりだ。
「おい、小池! 覚悟しろよ!」
津田がニヤリと笑いながら、小池の腕をつかんで回転を始めた。
> ジャイアント・スイング。
コンクリートの床に、何度も背中が叩きつけられる。視界がぐるぐると回る。耳の奥でゴウゴウと風がうなり、肺から空気が抜けていく。
「おらああッ!」
最後に放り投げられた小池は、壁にぶつかってうずくまった。鼻血が出ていた。腕が変な角度に曲がっていたかもしれない。それでも、誰一人として手を差し伸べる者はいなかった。
「……何回投げても、壊れねえな、こいつ」
「マジでゾンビじゃん、ヨボヨボゾンビ!」
笑い声とともに、彼らは去っていった。残されたのは、小池ただ一人。
夕暮れの音楽室裏。微かな笛の音が、遠くのグラウンドから響いていた。
小池は血のついたメガネを拾い、ふらつきながら立ち上がった。膝がガクガクと震えている。悔しさも、怒りも、通り越していた。ただ――脳裏に、ひとつの言葉がよぎる。
> 「秀吉だって、何度も叩き潰されただろ……」
彼はそう呟くと、空を仰いだ。
赤く染まった雲の向こうに、どこかで太閤が笑っている気がした。
> 「負けてたまるかよ……」
その夜、小池は左手で筆を握り、ノートに大きく書いた。
> 『天下布武』
震える文字だった。だがその筆跡には、確かな“意志”が刻まれていた。
記者会見の会場――水戸駅南口の再開発ビルのロビーは、多くの報道陣と観客でごった返していた。慎司は壇上で一礼し、ゆっくりとマイクから離れた。その背中にはどこか「使命」を背負った者の緊張感が漂っていた。
舞台袖へと戻ると、スタッフが駆け寄ってきた。
「慎司さん、これ、さっき誰かが届けに来ました。名前も名乗らずに……」
差し出されたのは、黄ばんだケータイ型テトリスだった。液晶は傷だらけで、ボタンも何箇所か押しにくくなっていたが、どこか懐かしさを感じさせる――いや、“警告”のような不穏な気配を秘めていた。
慎司は眉をひそめながら受け取り、電源を入れる。
──ピピピ……
効果音と共に、画面に奇妙な文字列が浮かび上がった。
> 「カタチヲ トトノエヨ。マチガイガ キミヲ ノミコム。」
その直後、テトリスのブロックが自動的に落ち始めた。だが、これは普通のゲームではなかった。落ちてくるブロックの形は、慎司の過去に起きた“事件”の記号を模していた。昭和通りでの銃撃事件。神峰町で見つかった焼死体。RING Promotions設立前に消えた男たち……
「……誰がこれを?」
背後に気配を感じて振り返ると、そこにはひとりの少女が立っていた。赤いキャップを深くかぶり、ゲーム機を持ったまま黙っている。
「そのゲーム、あの人の遺品だよ。あんたに渡すよう言われてた」
「“あの人”って……誰のことだ?」
少女は言葉を返さなかった。ただ、そっとポケットからもうひとつのケータイ型テトリスを取り出し、電源を入れる。そこにはひとつの名前が表示されていた。
> 「SEIRYU(青龍)」
慎司の目が見開かれる。
“水戸天誅組”の最後の構成員――青龍。かつて慎司が葬ったはずの男のコードネームだった。
「まさか、まだ生きているのか……?」
記者たちのざわめきが、ロビーの外から再び聞こえてきた。慎司はテトリスを握りしめたまま、ゆっくりと歩き出す。ブロックは落ち続けていた。過去を埋めるためのピースを探しながら。
だが、ゲームの最下段に近づくにつれ、慎司は気づき始める。
このテトリスは、勝つことが目的ではなかった。
"どのピースを捨てるか"――その選択こそが、彼の未来を決めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます