第29話アパートの秘密とポチの過去

アパート──

その外観は新しく、まだ引っ越し途中の部屋も多いようだった。


「助手殿、ここが現場じゃな。事件の中心にして、愛の巣」


「違う。絶対に“愛の巣”じゃない。やめて、アパートの評判下がるから」


 

2人が向かったのは、ポチが最後に目撃されたという101号室の前。


インターホンを押すと、若い女性が顔を出した。

30代前半くらい、黒髪で物静かな雰囲気。名札には「堂本」とある。


「ポチ……ですか?」


彼女はその名を聞いた瞬間、目を見開き、手で口元を押さえた。


「やっぱり……」


マヨイの目が光った。


「む、これは完全に“何かを知ってる人のリアクション”!」


「いや、そりゃ名前出されたら誰でも驚きますよ。自意識の暴走ですか」


 

堂本は、少し戸惑いながら言った。


「……実は、私、昔、草野さんのお父様、先代の家に住んでいたことがあるんです。

ほんの少しだけ、ポチと暮らしていた時期もありました。

父が亡くなった後、引き払って……今はここで一人暮らししています」


 

「つまり、先代の妹ってことは……ミナ殿の叔母君か。ふむ、いかにも怪しげな立ち位置じゃ」


「いや、“叔母君”って何!? 平安貴族!? それに、私の親戚じゃありませんから!」


 

「……実は、最近ポチがここに来ていたのを、何度か見ました。

最初は気のせいかと思って……でも、あの子、私の顔をじっと見て……」


「むむ、それはつまり、“再会した旧友の目”……!」


「そういうドラマチックな言い方やめて! しかも旧友じゃなくて元飼い主ね!」


 

「ここ数日、朝と夕方に、必ずこのアパートの前まで来てたみたいで……。

でも、声をかけても逃げてしまって……」


堂本は少し悲しそうに笑った。


「きっと……前に飼ってたのに、途中で別れてしまったから。

それを覚えてたのかもしれませんね」


 

マヨイが小さくうなずいた。


「わしの恋愛説、まさかの的中……!」


「いやいやいや! それ、“恋”じゃなくて“犬の記憶”ですよ!

しかも別れた元飼い主って、なんなら悲しいやつ!」


 

ミナが手帳を閉じながら、堂本に深く頭を下げた。


「情報、ありがとうございました。

……おそらく、ポチはあなたに会いに来てたんだと思います。

でも、誰にも見つからず、どこかへまた行ってしまった」


 

「それはつまり、“再会のあとに始まった新たな旅”……」


「まだ旅してんの!? 早く探しましょうよ、ポチ!!」


 

迷探偵と助手は、最後の足あとを追い、

静かなアパートをあとにする。


ポチの心を知る手がかりは、まだ、残っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る