魔王を倒してはみたものの

雪野

第1話

「魔王を倒せば全ての栄誉を手にし、永久に語り継がれる事だろう」

 無論地位も権力も望むがままで、一生掛けても使い切れないほどの報酬を賜るのは当たり前。

 それほどに魔王を倒すのは困難であり、国家の威信を掛けた偉業と言える。

「随分薄味ですが、お塩を買うお金も尽きましたか?」

 スープをすすりつつ、良く通る綺麗な声でささやく美少女。

 俺はテーブルの中央にある塩の瓶を、彼女の手元へ滑らせた。

「八百屋の女将さんが、素材の味を楽しめと言うから薄味にしただけだ。塩を買うくらいの金は、さすがにある」

「人を信じやすいのはあなたの長所ですが、同時に度しがたい欠点ですね」

 涼やかな声で指摘した美少女は探るような仕草で塩の瓶を手にし、それをスープへ軽く振りかけた。そして改めてスープをすすり、満足げに頷いた。

「女将さんには悪いですが、素材の味を喜ぶのは牛や猪くらいですよ」

「お前な」

「塩は?」

「もらうさ」

 俺だって素材の味を楽しみたいと思う程枯れている訳では無い。というか、素材の味ってなんだよ。

「デザートにタルトを買ってきてあるが」

「一切れだけ頂きます」

「昔は丸ごと食べてたのにな」

「そういう時もありましたね」

 美少女はくすりと笑い、ベリーのタルトにフォークを差し入れた。それを口に運んで改めて、満足げに微笑んだ。

「魔王を倒せば全ての栄誉を手にし、永久に語り継がれるだろう。なんて言い回しがありましたね」

「間違えてはいない。現にあいつは、今や王位継承権第一位だ」

「万年冷や飯ぐらいの三男坊が出世した物です。共に旅した者として、鼻が高いですよ」

「仲間、ね」

 

 彼女が言う通り、最後に魔王へ斬り付けた王子はその功績が認められ継承順位が一気に繰り上がった。この先何事もなければ、奴が将来国王になるのは既定路線。

 またその英雄譚は歌としして劇として、今でも熱狂的に語り継がれている。かつては頻繁にあった他国との小競り合いが激減したのも、魔王殺しという奴の存在が大きいのだろう。

「対して私達は、その日暮らしの毎日。近所の人も、生暖かい目で見守るという物です」

「・・・・・・そこまでは困ってない。数年は働かなくとも生活出来るだけの蓄えもある」

「だと良いのですが。この前、台所の屋根が雨漏りしてましたよ」

「・・・・・・1年は働かなくとも生活出来るだけの蓄えもある」

 屋根の全点検と、修理費用か。とにかく金が出てく一方だな。

「まあ、いい。一応俺も、元勇者一行の一員だ。修理代を稼ぐくらいは難しく無い」

「なるほど」

 美少女は「ふむ」と呟き、席から立った。そして杖を突き、ゆっくりと窓際へ歩いて行く。

「今日も良い天気ですね。何でも出来そうな気がします」

「お前が言うと、洒落にならん」

「そうでしょうか。着替えてきますので、準備が出来たら呼んでください」

「ああ」


 家を出て、杖を突いてゆっくり歩く彼女と歩調を合わせて道を行く。空は青く、風は心地よく、どこからか小鳥のさえずりも聞こえてくる。

「つい気が緩む雰囲気ですね。魔王を倒したとは言え、全てが解決した訳では無いのですが」

「それはそれさ。仮に国王を倒したところで、国を乗っ取れる訳でも無いだろ」

「随分物騒な発言ですね」

 お前が昔良く口にしてた言葉だろとは言わず、水筒を手渡す。

 美少女はそれに口を付け、小さく息を付いた。

「少し歩くだけで一苦労ですよ。昔はこのくらい、一跳びで行けた物を。本当、困った物です」

 そういう割には悲壮感も何も無く、目の前を飛んでいく蝶をぼんやりと眺めている。ただ達観している訳でも無く、今の自分をあるがままに受け入れている姿勢が見て取れる。

「ほら、もう見えてきたぞ」

 俺が指差した先に見えるのは広大な敷地の中にある、幾つもの建物。そこからは甲高い喚声が、連なって響いてくる。

「子供というのは、いつの世も元気が良いですね」

「正直、お前もまだ子供みたいな物だろ」

「お酒を飲めるくらいの年齢にはなってます」

「精神的な事を言ってるんだ」

 振り下ろされた杖を軽く避け、敷地に入る。

 するとすぐに子供達が駆け寄ってきて、口々に思いの丈を語り始めた。当然何を言っているのか全く分からず、とはいえそれはそれで楽しいというか自然と笑いがこみ上げてくる。

「話は今度聞く。院長先生、本日もお願いします」

「はい、確かに」

 修道女の身なりをした妙齢の女性は静かに頷き、美少女の肩に触れて彼女を促した。

並んで歩く2人の後を子供達の群れが追いかけていき、残った子供は俺によじ登ったり足下をけたぐり回している。

「俺に構わず、その辺を走ってこい」

「ひゃーっ」

 何がひゃーっか知らないが、俺を押し始める子供達。下手な魔物と戦うより、よっぽど厄介だな。


 木々の下に置かれた長椅子へ美少女が座り、その体に木漏れ日が注ぐのを眺めながら院長に革袋を渡す。

「些少で申し訳ありませんが」

「こちらこそ、いつもありがとうございます。国からの援助もあるのですが、なにせ育ち盛りの子供達ばかりでして」

 ここは国営の孤児院で、魔王軍との戦いで親を失った孤児が半数以上を占める。俺達に直接関わりがある訳でも無いのだが、魔王軍と戦っていた身としては思う所が色々ある。

「こらこら。そんな事をしていると、頭から塩を掛けてかじってしまいますよ」

 なにやら物騒な事を言い出す美少女。

 子供達は一層喚声を上げるが、たまに本気だからな。

「じゃあ、俺は出かけてくるからな。夕方までには戻るつもりだ」

「お気を付けて。無理せず、危ないと思ったらすぐに引き返すんですよ」

「昔から、ずっとそれだな」

「命あっての物種です。私はこの世が滅ぶ最後の瞬間まで、自分1人でも生き抜いてみせますからね」

 本当に偉いよ、お前は。


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