第20話

 以前は蜃気楼のようだった《到達者》の姿が、今ははっきりと見える。


 おそらく起動したことが原因なんだろうけど、私の在り方が定まったのも、その理由かもしれない。


《到達者》の足下には、人だかりが出来ていた。


 皆、突如として起動した《到達者》に畏れと不安、そして崇敬を抱いているのだろう。警察や監査機関の職員の他、プラカードを持った人々や、跪いて祈りを捧げている者までいる。


 こりゃ正面突破は無理そうだ。別の入り口を探そう。


 そう、通常の思考であれば考えていたかもしれない。


 けれど今は有事。何なら世界の危機なのだ。ならば、ちょっとぐらいのズルは許されてもいいんじゃないだろうか?


 私はスカートのポケットから、魔神の遺灰を取り出す。


 幻だったから、本物であるのかいまいち確証が持てない。けれど、ほんのりと魔神の匂いがするから、きっと彼の身体の一部ではあるのだろう。


 そうして私は遺灰を〝修復〟する。


 それによって現れたのは、等身大の巨大ロボ立像だった。


 なんで?


 魔神の遺灰は彼の一部。彼は立像を奪取した。ならば、立像は魔神の肉体の一部であると言ってもいいわけだ。


 突風が吹く。風に散った遺灰が、巨大ロボの姿を形成する。


 突如として現れた古代の遺物にパニックを起こす人々。流石に目の前に得体の知れない巨大建造物が現れたとあっては、警察や監査局も平静ではいられまい。


 私は混乱に乗じてテープをくぐり、《到達者》の内部へと向かう。


 警備がもう一人くらい居るかと思ったけれど、その気配はない。


 きっと平和ボケしているのだろう。


《到達者》の中は、聖堂。伽藍とでも言うべきか。人の気配はしなかった。


 評議会みたいな老人たちが薄いすだれの先に居る、なんてこともない。


 ただただ静寂と無機質だけが、その空間を支配しているかのようだった。


 壁や天井に通るパイプ。金属質の床。先の見えない暗がり。まるで巨大艦の中のようだ。


「痛ッ……!」


 進んでいくと頭痛がした。耳鳴りも。目眩も。下水のような妙な臭いもする。


 呼ばれていない者を追い返すための仕掛けなのだろう。《到達者》から私は招待状を受け取ってはいないから。


 それでも構わず進み続ける。


 このまま進んでいけばきっと、次第に幻覚なども見えてくることだろう。物騒な幻聴も聞こえてくるに違いない。もしかしたら、謎の痛みにも苛まれるかも。


 けれども、不思議と怖くはなかった。たぶん、もう狂っても構わないと思ってしまっているからなのだろう。


 そうしてしばらく歩くうちに、花畑が見えてくる。


 いわゆる彼岸と呼ばれるものなのだろう。向こう側に渡れば、現世には帰って来れない。


 だから見なかったことにして進み続ける。


 全身の感覚が失われていく。もはや頼れるものの無くなった私は、ただ無心に歩き続ける。


 歩いているという感覚ですら定かでは無い。本当に前に進んでいるのかも分からない。だが、そう信じて進まないことには、不安の中で力尽きてしまいそうだった。


 やがて、感覚が次第に戻ってくる。ということは、次に待ち受けているのは感覚に訴えてくる地獄だろうか? そう考えてしまうくらい、長い時間を歩いていたような気がする。


 そして視界が開けた先は、《到達者》のコア部分だった。


 中央にある心臓のような機械が脈打っている。あれが《到達者》のコアなのだろう。


 コアの下には朧冥夜が立っており、今まさに同化の儀式を行っている最中のようだった。


「貴様一人か」


 私を見て、彼女は吐き捨てる。


「魔神、とか言ったな? あの《プレイヤー》はどうした?」


「あなたが殺したんでしょう? もう忘れたんですか?」


「ああ、そうだったな。ならば貴様は奴の弔い合戦にでも来たというのか?」


「だとしたら、どうします?」


「ひねり潰すまでよ」


 剣の一閃がこちらに向け飛んでくる。


 私は魔神の遺灰を取り出す。そして〝修復〟を行う。


「ほう、少しは知恵をつけたか」


〝修復〟し、復元したのは最初の《プレイヤー》。獣の姿をしたそれは、黒い波となって彼女の元に流れ込んでいく。


 しかし流体をも切り裂く《プレイヤー》の剣閃が、波とぶつかり合い消えていく。


 次いで復元するのは、ミミコ。髪から復元したミミコは、直接的な戦闘力は無い。だが、彼女には【掠奪】のスキルがある。


 ミミコと一緒に、魔神が倒した名も無き《プレイヤー》を呼び出す。


 この《プレイヤー》は、先手必勝の一撃で勝負を決めていたがために、敗北を喫した《プレイヤー》だ。


 大振りの一撃は、当然目の前のアイツには通用しない。


 だがそれを防御に回せば、しばらくは耐えられるはずだ。


 無差別な斬撃が飛び交う。《到達者》のコアを傷つけてしまっても良いのだろうか? それくらいには、なりふり構わない攻撃。


 名も無き《プレイヤー》が私とミミコの盾になる。しかし、防御を固めているにも関わらず、存外あっさりと断ち切られてしまう。


「耐えて。もうちょっとだけ」


 ミミコの【掠奪】が時間とともに進行していけば、敵を弱らせられるはずだ。


「小癪な」


 剣の先からビームが乱射される。しかし先ほどよりも、集弾性が上がっている。


 重ねられた斬撃に、《プレイヤー》の守りが削られていく。


 このままではおそらく間に合わない。


「ミミコ! 行って」


 だから捨て身の策に打って出る。【掠奪】は距離が近いほどその速度が上がるという。ならば彼女が近付けば、まだ間に合うはずだ。


 ミミコに向け斬撃が飛ぶ。彼女のからだが真っ二つになる。だが、ミミコとて腐っても《プレイヤー》。自分の身体くらい、自分で修復してのける。


「こんなの、本人の前じゃ絶対やらせないけどね」


 そうして幾度かの破壊と再生が行われた後、ようやく斬撃の威力が少し落ちる。


「どうやら、あなたはリソースを出し惜しみしているようですね。あ、答えなくて良いですよ」


 私が次に出すのは、炎の《プレイヤー》。


 彼の力はシンプル過ぎるのが難点だが、今はそのシンプルさが丁度いい。


 火焔が上がり、部屋中が火に包まれる。このままいけば、おそらく私の方から先に酸欠で力尽きるだろう。


「いいのか? このままでは貴様も共倒れだぞ?」


「その前に燃やし尽くせばいいだけですよ」


 業火が上がる。朧の身体は焼き尽くされるが、その端から再生されていく。


「もうだいぶ消費したはずでしょう? これなら!」


 火の勢いが増す。私もそろそろ苦しくなってくる。


「ハハハハハ、無駄だ無駄だ!」


 虚勢か、それともハッタリか。焼かれてリソースはどんどん減っているはずなのに、そのことをおくびにも出さず、彼女は焼かれ続ける。


 やがて、私の意識が茫洋としてくる。だというのに、《プレイヤー》はまだ倒れない。


「嘘……でしょ……?」


 一体どれほどのリソースを蓄えていたというのか。全身を焼かれ続けてもなお、再

生を続ける朧に、私は慄然とする。


「どうした? もう終わりか」


 間髪を入れず、斬撃が飛んでくる。


 ここが運の尽きか。


 そう思った矢先。


 目の前に立った〝私〟が、私の盾になる。


「ピー子……!」


 最後の力を振り絞り、私はピー子を〝修復〟する。


 お返しに、とばかりにピー子も私を〝修復〟する。


「今更二人に増えたところで、何の意味も無いッ!」


 斬撃が飛ぶ。


 しかし、私のターンはまだ終わりじゃない。


「魔神ッ!」


 最後の遺灰から、魔神を復元する。それも最終フォーム。


 魔神は音速を超える斬撃を超える速さで《プレイヤー》へと向かっていくと

――――


 その顔に、強烈な一撃をお見舞いした。


 魂にすら届くその一撃は、再生する暇をも与えず。


《プレイヤー》を撃破したのだった。



「終わった……はず……」


 倒れたとは言え、相手は【詐術】の使い手。頭上から声が響いてくる可能性も捨てきれない。


 けれど今んところその気配はない。


 ならば、チャッチャと片付けてしまおうではないか。


《到達者》のコアに近寄る。


「直すのか?」


 魔神の声。


「遅かったじゃないですか、魔神さん。それとも、女子高生の乱れた制服姿でも拝みに来ましたか?」


「お前の醜態を見てやりにきただけだよ」


「相変わらず趣味の悪い。で、どうします? 私を止めますか?」


 魔神は首を横に振る。


「リソースが足りてねえ。今の俺じゃ、《到達者》にはなれねえよ」


「あら、そうなんですね。私、魔神さんなら悪くないと思ってたんですけど」


「最初からそのつもりじゃねえだろ、早く直しちまえ」


 私はコアの前に歩み出る。


「おそらくですけど、また会えますよね?」


「数千年後くらいには会えるだろ」


「気の長い話ですね」


「精々長生きするんだな。そうしたらまた、使ってやらねえこともない」


《到達者》のコアの真下に立ち、床に向かって〝修復〟を行う。


「じゃあ、一旦さよならです」


「ああ。またな」


《到達者》が〝修復〟されていく。


 そう。戦いを終わらせるのなら、誰かが代わりに《到達者》になる必要は無い。


 こうして何度でも、直せば良いだけなのだから。



 ◇



 気がつくと、魔神と出会ったあの場所に立っていた。


「終わった? 本当に?」


《到達者》の姿を望む。彼の姿は、以前よりも新しく、それでいてレトロな仕上がりとなっていた。


「よう。無事に逃げられたみてえだな」


「あれ? 存外早いご帰還ですね。それとももう数千年経っちゃったんですか?」


 魔神が隣に立つ。


「そのどちらでもねえことは、お前が一番よく知ってんだろ?」


「そうですね。まだしばらくは退屈しないですみそうです」


 魔神が帰ってきたわけでも、数千年のタイムスリップをしたわけでもないのだとすれば、答えは一つ。


 私たちの戦いは、まだ始まったばかりだ!

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修復者がコわス世界 小包ドラゴン @syouhouron

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