第6話


 先の戦いで、私は物の価値を下げることが出来ると気付いてしまった。


 あの時は必死だったからわからなかったけど、冷静になって考えると、これはトンデモないことだった。


 物の価値を下げられるということは、つまるところあらゆる物の価値を平等に均すことができるということ。


 そうなったら、全ての物を等価に出来てしまう。


 それは恐ろしいことだ。人によっては、生きる意味を失ってしまうほどに。


「だから私、〝修復〟するのをやめようと思うんですよ」



 放課後。いつもの場所で魔神と〝修復〟を行っている最中。私はおもむろに切り出した。


「ダメに決まってんだろ? せめてゲームが終わってからにしろ」


「だけど、魔神さんがゲームに勝ったって私が得られるものは無いじゃないですか。実質タダ働きですよ、これじゃ」


 そうなのだ。彼が勝者となったところで、特別私が何かを得られるわけではない。


「お前から関わるって言ったんじゃねえか」


「そうですけど……」


 ゲームに関わると決めたのは私だ。そこに異論は無い。


 だけど自分がこんなにも危険な力を有していたのだと知っては、話が変わってくる。


「まず、どうして関わろうと思ったんだよ?」


「それは……あの時は偽物に狙われてましたし、その後もどうせ魔神さんが脅してくるのかなって思って」


「ハッ、違えねえ。お前に〝退く〟という選択肢はなかった」


 でもそれだけじゃないはずだ。関わろうと思ったのは、ゲームでなら、私の居場所も見つけられるからだと感じたからだ。


「なら今からでもやめるか?」


「そうしたいのはやまやまですけど、ここで放り出したら無責任っていうか」


「責任感だけはあるんだな……」


 据わりが悪いのは確かだ。それに、こんな戦いがあることを知ってしまったら、今後無関係を気取るのは無理があるというものだ。


「だからこんなゲーム、早く終わらせましょうよ」


「お前はそれでいいのかよ?」


「え? どういうことですか?」


「早く終わらせて、それでもいいと思ってるのか? ってコトだよ」


 いまいち彼の発言の意図が掴めない。魔神は、早く終わらせたいとは思っていないのだろうか?


「そういう魔神さんはどうなんですか? 勝てるなら、手っ取り早く勝ってしまった方がいいんじゃないですか?」


「そりゃそうだ。戦うのも悪いと思っちゃいないがな」


「だったら、どうして私が早く終わらせたがっていないみたいなこと言うんですか? もし私が継続を望んでたら、魔神さんも困りますよね?」


「オレのこたぁどうでもいい。お前の話をしてんだよ。で、実際どうなんだ? お前は終わってもいいのかよ?」


「そりゃあ、そうですけど……」


 戦いが終わる。それはつまり、私の力の使いどころがなくなるということ。彼はそのことについて、気を遣ってくれているのだろうか?


「……それならいいけどよ」


 何やら不服そうに頷く魔神。私は彼の虫の居所が悪くならないか、少し不安になる。


「私がどうなろうと、魔神さんには関係ないですよね。もしかして、心配してくれてたんですか?」


「ンなわけねえだろ。お前とはあくまで協力関係だ。余計な情なんか持つかよ」


「じゃあ、そういうことにしておいてあげます」


「ケッ、ガキが。あんまり舐めてんじゃねえぞ」


 その日はそれっきり、私たちは別れることにした。


 しかしその後、私は重大なことを見落としているのに気がつく。


 身体が透けていることについて、魔神に訊くのを忘れていた。




 身体は透けていても、服が透けていないのだけは救いだった。


 もし透けていたのだとしたら、私は一人でパニックになっているところだったから。


 たとえその姿が誰にも見えていないのだとしても。


 その日の登校は、まるで無意味な物だった。


 何せ、行ったところで出席扱いにはならないのだから。


 かといって誰にも見えていないところで勉強するほど真面目でもなく、わざわざ学校へと出向いたことの収穫と言えば、クラスの女子グループが一部、私のことを嫌っていたのだと知れたことくらい。


 人の見ていないところでは、ああも大っぴらに悪口大会というのは開かれるものなのか、と少し感心したほどだ。


 そういうわけで、放課後。


 友達だけは私の悪口を言っていなかったことに、嬉しさを噛みしめつつ魔神と合流する。


「魔神さん、どうして黙ってたんですか?」


「相変わらず主題を言わねえヤツだな。だが、何を訊いているのか見当は付く。答えは『言う必要が無かったから』」


 やはり彼も気付いていたようだ。ならば尚更、その答えには引っかかる。


「私が透けるのを待ってるなんて、魔神さんって意外とえっちなんですね」


「……この話はここで終わりだ」


「すみません。冗談です」


 私は90度腰を折り曲げて謝る。


「それで、どうして言う必要が無いんですか? このままでも問題ないと?」


 そのままの姿勢で私は訊く。


「重要なのは〝駒鳥ツツキが奪われた〟っていう事実だけだ。枝葉末節には大して意味はねえ」


「私が透明人間になっても良いっていうんですか!? ……ていうか、私、今他の《プレイヤー》に奪取されてるんですか?」


「忙しいヤツだな……そうだよ。お前は今、確かに奪取されつつある。【掠奪】の《プレイヤー》にな」


 これまた聞き慣れない言葉が出た。私のことについて私そっちのけで話を進めないでほしい。


「《プレイヤー》に固有スキルでもあるんですか?」


「そういうこった。それでお前は今、【掠奪】のスキルを使って奪取されている。そこまではわかるな?」



「ええ……流石に。でもどうして私は奪取されても、平気でいられるんですか?」


「それが【掠奪】の力だ。アレは一つのものを複数回に分けて奪取することが出来る。奪われた方は、些細すぎる自分の変化に気付くことができねえ。要するに〝気付いたら奪われていた〟って奴だな」


「じゃあ私も、知らぬ間に奪取されていたんですね」


「そうなる。【掠奪】の力は虫刺されみてえなモンだ。肩が軽く触れただけで、奪取を行うことが出来る」


 なら周囲から犯人を特定するのは難しそうだ。容疑者が多すぎる。


「ちなみに、どうやったら戻れます?」


「返還されるか、《プレイヤー》本人を倒すしかねえな。もっともお前の場合、自分を〝修復〟すれば戻れるかもしれねえが」


 私は試しに自らの身体に〝修復〟を施す。


 すると何やら身体に以前の重量感が戻ってきたような感じがする。しかし、どうにも怖くなってしまい、途中で〝修復〟をやめる。


「私今、脚だけの生き物になってたりたかしませんか?」


 中途半端に肉体を戻したことで、史上稀にみる変な生き物になっていないか心配になる。


「どれどれ……アッヒャッヒャッヒャッヒャ!」


 聞いたことの無いくらいの大笑い。やっぱり何か変になってるんだ。


「ど、どういう姿になってます?」


「……あー面白い。どうにもなってねえよ」


 魔神は急に真顔に戻る。


「わたしをからかったんですか?」


「いつもの仕返しだ」


 彼は底意地の悪そうな笑みを浮かべる。根に持ってやがったか。


「じゃあ私はどうにもなっていないんですね?」


「ああ。残念なことにな」


 私は胸をなで下ろす。良かった。服だけ元に戻ってないとかじゃなくて。


「ふっ、甘いですね魔神さん。ここでは何も起きていないと安心させておいて、実はおかしなことになっていたと後から気付かせることで恥をかかせるまでが、プロのカラカイストの仕事ですよ」


「……そうされたかったのか? お望みなら、やってやらんこともないが?」


「やめてください。お願いします」


 私は深々と頭を垂れる。


「とにかく、だ。お前の小物っぷりと、〝修復〟が意味を成さないことが分かった」


 面倒臭そうに魔神は肩を竦める。


「後者は主に、私のメンタル的な問題なんですけどねー……」


「あン? そうなのか?」


「何ていうか、怖いんですよ。自分を〝修復〟するのが。以前の自分と、何か変わっちゃうんじゃないかって思うと」


「なんだ、やっぱり小物じゃねえか」


「小物って言わないでください! 私だって追い詰められたらなりふり構わず使いますよ?」


「そういうのを小物っつーんだよ。それで、怖くなければ使えるのか?」


「はい。たぶん〝修復〟自体は出来ると思います」


「なら心配いらねーな。最悪、自分を作り直しゃいい」


「それが怖いんですよ。これまでの自分を上書きしちゃってるみたいで」


 顔をしかめる魔神。これまでさんざん〝修復〟してきたのに、何を今更、とでも言いたげだ。全くその通りなんだけど。


「そりゃあお前……自分を新しくしちまったら、これまでの自分の価値が下がっちまうもんな。怖いよな。もう若くないことを認めるのは」


「失礼な! 私はまだ華のJKですよ。怖いことなんてあるもんですか!」


「なら大丈夫だろ」


 魔神は私の頭の上に手を置く。


「〝修復〟は必要になったときまで使わなきゃいい。ま、それまでにオレが何とかしてやるよ」


「信じてますからね!」


 彼なりに、私を安心させようとしてくれている?


 ないない。魔神に限ってそんな、私に気を遣ったりなんかしないだろう。


 そうとでも思っておかないと、うっかり彼に気を許しそうになって嫌だった。




 君はコソ泥を見たことがあるか?


 私は無い。


 なのにそれを初めて見たとき、私は何故かそれがコソ泥であるとわかってしまった。何故ならわかりやすい格好をしていたから。


 三角の帽子にでっかい袋。そして目と口だけが露出した、あまりにもわかりやすい格好をしていた。そのシーズンなら、サンタに擬態することも出来ただろう。


〝それ〟は私と目が遭うなり、脚をバタバタと動かして逃げていった。まるでカートゥーンアニメのように。


 場所は街中。時刻も夜の7時を回ったところだった。


 いくら暗くなった時間帯とは言え、流石に街中であんな格好をしている奴がいたら、目立たないはずが無い。だというのに、通行人は誰も気付かず、コソ泥はまるで夜の闇に紛れるかの如く、姿を消したのだった。


 ピンときたのは、その後だ。


 ああ、アレが私を掠奪した《プレイヤー》だ、と。


 あの奇抜な格好に気を取られて、そのことを完全に失念していたのが悔やまれた。


 それから私は、そのコソ泥のことを電話で魔神に報告する。


「ああ、そいつで間違いねえ」


 少々投げやりだが、彼もその偽サンタが《プレイヤー》であることに異論は無いらしい。


「あの、私はどうすればいいですか?」


「知らん。追いかけて捕まえれば良いんじゃねえか?」


 通話が切れる。


 ありがたいアドバイスを貰っておいて何だが、正直、単独捜査はしたくない。


 理由は先の《プレイヤー》同士の戦いを見た後だから。


 あの戦いで私は生き延びることが出来たが、それは魔神が私のことを守りながら戦っていたおかげだ。


 私一人だったら、プレイヤーから投げつけられる石材の塊に押し潰されて、あっさりとこの世から退場していたことだろう。


 そしてアレが《プレイヤー》の力なのだとすれば、私一人の力で捕まえることなど到底不可能だ。


 よって、今からあのコソ泥を追いかけて、よしんば見つけることが出来たとしても、それまでの労力が水泡に帰す可能性が高いのである。


 ならば無難にここは手を引くべきか? 後日、魔神と一緒にアレを探した方が、良いのではないだろうか?


 そう考えはしましたよ、ええ。


 けど、私はジッとしていられなかった。


 これは決して私が我慢できない性質なのではなく……いや、そうなんだけどそれだけが理由じゃない。


 敵のアジトだけでも嗅ぎつけてやろうと思ったのだ。


 それとコソ泥のあの顔が、絶妙にイラついたから。


 私は、頭の中に鳴り響くアラートを振り切って、私を奪ったあの《プレイヤー》を探すことにしたのである。


 そうして向かった先は収奪区。


 普段魔神と会っているのとは反対の方角だ。


 収奪区は、《到達者》に収奪された廃棄物以外に、ならず者が集まる吹きだまりのような場所でもある。


 それはつまり、治安が悪いということ。



 言い換えれば、身を隠すのにうってつけというわけだ。


 そんな場所に女一人で向かうなんて、流石に危険すぎるだろうか? 私もそう思う。


 だが今のわたしは透明人間。ただの人間には見ることが出来ない、奪われた存在

だ。


 だから、《プレイヤー》以外の誰かに襲われる可能性がない。それだけは、奪取されたことによる唯一の利点だと言っていいだろう。


 あのコソプレイヤーの居場所に見当は付かない。


 しかし、私にはあの《プレイヤー》の場所まで導いてくれるものがある。


 それは、私の肉体。


 掠奪された私の肉体が、私を略奪者のところまで連れて行ってくれる。


〝修復〟にも、程度がある。


 僅かな粒子を元の形に復元するものから、プラスチックのパーツを接着剤で結合させる程度のものまで、複数の段階に分けられる。


 そして、どうやら物には元の形に戻ろうとする性質があるようなのだ。それは万物の区別なく、あらゆるものに宿っている。


 その性質は、小程度の〝修復〟、要は完全に元に戻さず、少し痛みや傷を直す程度の〝修復〟を行うことによって顕れる。


 はぐれたパーツが、本体へと還ろうとするのだ。カタカタと揺れながら、元の場所へと僅かずつ移動すると言いうことが起こる。


 けれど大抵の物は、途中で力尽きてしまい、本体まで辿り着くことはない。だから特に使い途は無いものだとばかり思っていた。


 だがこのように奪われた物に適用すれば、本体のある場所、とどのつまり《プレイヤー》の居る場所へと導いてくれるコンパスになるというわけだ。


 そうして私は私の在る場所へと私を導く。


 そして辿り着いたのは、浮浪者たちがたむろする区域の先、寂れたラブホテルのような廃墟だった。


「うっわ……」


 入り口前に立った私は、絶句する。


 なぜならそこには、先日奪取され、破壊されたはずの巨大ロボ立像が建っていたからである。


 しかも復元された状態で。


 それを自分の住処の前におっ立てておくセンスもどうかと思うが、私が驚いたのは何より、それが〝修復〟されていることだった。


〝修復〟されていない状態のそれは、頭部と左腕が取れ、色が剥がれ落ちていたが、それらがしっかりと元に戻っている。


 それは誰かが〝修復〟したということだ。


「これってアレだよね?」


 おそらく私自身が掠奪されることで、私の〝修復〟能力をも奪われてしまっているのだ。


 これは由々しき自体だ。


 いや、〝修復〟能力自体はいっそ誰かにあげちゃってもいいとすら思っている。


 けれど悪用されるのはゴメンだ。なぜなら、私が悪事の可能性を生み出してしまったということになるから。


能力を奪われ、悪用される可能性があると知りながら、どうしてお前は自らの能力と心中しようとは思わなかったのか? 本当は、お前も能力による恩恵を受けていたんじゃないのか? それともやはり悪いことを企んでいたのではないか?


 誰も口には出さないだろう。だけど、そう思ってしまうということはある。


 そうなったら、私に待ち受けているのは、静かな迫害だ。ありもしない責任を、皆好き勝手私になすりつけ、殺そうとしてくるだろう。


 そんなことになるのは願い下げだった。もし誰も私を責めずとも、私は勝手に責任を感じてしまうことだろうし。


 だから私は、能力を取り戻さなければならない。誰かの責任を代わりに取らされることになる前に。


 建物に侵入する。本来、収奪区にあるこくらいの規模の建造物というのは、非常に脆くなっている。それこそ触れれば塵となってしまう程に。だから浮浪者も住み着かない。誰も砂で出来た城に住もうとは思わないように。


 だがこの建物は意外なほどに足場がしっかりしている。歩いても、崩れていくような気配はない。それに天上も落ちてこない。おそらく《プレイヤー》が〝修復〟したのだろう。


 奥へと進んでいく。幸い、監視カメラがあったとしても今の私では映らない。何らかのトラップがあっても、作動することはないだろう。


 そして最上階。その一番奥にある、スイートルームの前に辿り着く。居住スペースとするなら、一番広いここにするはずだ。何故なら私がそうだから。


 勝手に開いた風を装い、ドアを半開きにする。《プレイヤー》からは、私の姿が見える。なので、慎重に進まなければならない。


 間違ってもここで私の全てが奪われて、その後カメラを前に魔神に「助けに来て」なんて哀願するようなことになってはならない。


 そうなると、私のプライドが何よりズタズタになってしまうから。


 部屋の中の様子を窺う。話し声などはしない。しかし物音も寝息の音もしない。部屋の中に明かりはなく、見てもよくわからない。


 もしかして《プレイヤー》は天井にでも張り付いてるんじゃないかと思い、一応見てみるけど、もちろんその姿はない。


 私は自分の胸に聞いてみる。


 私の残滓は、確かにこの場所を示していた。この生体コンパスに、嘘はつけないはずだ。


 恐る恐る中に足を踏み入れる。


 途端。


 パッと明かりが付いた。


「やぁやぁ待ちかねたよ、お客人。いや、聖女サマとでもお呼びしようかな?」


 なんて声でも聞こえてくるかと思ったが、そんなことはなかった。明かりが付いたのはどうやら人感センサー的な物が反応したかららしい。


 部屋の中に歩みを進める。


 そして、部屋の中心で私は見てはいけないものを見てしまう――――

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