第5話


「こいつは、面白くなって来やがったな」


 いつものように犬歯を剥き出しにして笑う魔神。何がそんなに面白いのか。


「魔神さんって意外と(?)バーサーカーですよね。私ならこの状況に胃が痛くなってきます」


 だってあの巨大立像が、一夜明けるとさっぱりなくなっているのだ。


 かつてそんなことが起きていたら、当時の担当者はどんな処分を受けたことやら。背負った責任の重さを考えると、胃がキリキリとしてくる。


「あン? そういうことは、アレを奪ったヤツに言いやがれ。まさかアレを獲りに来るとはな。まったくイカれてやがるぜ」


「だって最近はすぐ品薄になりますし。再販もいつされるかわかりませんから、取れるときに獲っておきたいのは人の業というものでしょう」


「何の話をしてやがる?」


「こっちの話です。それより、相手がイカれてるってどういうことですか?」


「言葉通りだよ。焦っているとは言え、流石に先走りすぎだろう」


 ククク、と底意地の悪そうな笑い。何か目算があるのだろうか?


「どうするつもりですか?」


「仕掛けるんだよ。狙うなら、相手が弱っている今が好機だ」


 弱っている? あのデカブツを奪っていった相手が?


 ちょっと何言ってるのか分からない。


「相手だってレベルが上がってるんでしょう? だったら、今仕掛けるのはむしろ悪手じゃないですか?」


「そうでもねえんだよ。意外とな」


「へぇ。なにか悪いこと企んでます?」


「人聞きの悪い言い方だな……だが、間違っちゃいねえ」

 そう言って魔神は嬉々として話し出す。


「《プレイヤー》のレベルが低い今のタイミングで、高レベルの物を奪取しようなんてヤツの考えることは一つだ。できるだけ早い段階でレベルを急上昇させて、さっさと他の《プレイヤー》を片付けちまおうってことさ」


「でも他の《プレイヤー》を倒したところで、自分の理性が崩壊したら意味なくないですか?」


「そうだ。だが、抜け道はある。他の《プレイヤー》を奪取すればいい」


「そうすると、理性が安定するんですか?」


「そういった効果もあるな」


 何だか含みのある言い方だ。きっと他にも何か良からぬ作用があるに違いない。


「じゃあ相手は他の《プレイヤー》に勝つのが先か、自分の理性が決壊するのが先かのチキンレースに打って出たってことですね」


「だから好機なんだよ。相手は、自分が他の《プレイヤー》よりも強いと思ってやがる。オレたちを侮ってるのさ」


「オレ〝たち〟って、まさか私も数に入れてます?」


「そのつもりだが?」


 私は顔をしかめる。


「言っておきますけど、私に戦う力はありませんよ?」


「んなもん最初から期待してねえよ。お前は、オレが指定したタイミングで来ればいい」


「私が呼ばれれば来るような都合のいい女だとでも思ってます? 舐められたもんですね」


「代わりに面白いもん見せてやるよ。それでどうだ?」


「約束ですからね」


 そうして私たちは、また後で合流することに決めた。



「うっわ……」


 時刻は22時。未成年が出歩かないような時間に呼び出された私は、その光景を見て絶句した。


 押されてるじゃん。


 着いたとき、魔神と《プレイヤー》との戦いは既に始まっていた。


 殺人事件の犯人のような影となっておりその姿が分からない敵と、それに相対する魔神。


 敵は時間経過によりその理性をほとんど失って今って居るのか、肉体から波のように廃棄物を吐き出している。


 一方の魔神はそれを捌くのに手一杯で、相手の本体まで中々到達できずにいるようだった。


「ヤロウ、イカれてるとは思ったがまさかここまでとはな……」


 度重なる波状攻撃により、着実に体力を削られているようだ。魔神の息が上がっていた。


「このままじゃジリ貧ですよ」


 危険と分かっていながら、私は魔神の傍に駆け寄る。


「よう、遅かったじゃねえか。戦う気になったか?」


「魔神さんが呼びつけたんでしょ? それより、戦う前はあれだけ粋がってたのにこのザマですか」


 戦う前の勢いはどこへやら。強がってこそいるものの、額に汗が浮かんでいた。


「うるせえ。思ったより相手がおかしかったんだよ」


「《プレイヤー》相手に油断する方が悪いんです。相手も自分と同じと考えれば、少しは理解できるでしょう?」


「お前さあ、どんなときも正論を言えば良いと思ってねえか?」


 歯に衣着せぬ言い方をする、とはよく言われる。


「だが、お前の言う通りだな。あいつはオレと同じくらいにはイカれてる」


「頭のおかしさで張り合わないでください。それで、今はどういう状況なんです?」


 敵は私という闖入者に困惑したのか、動きが止まっている。代わりに頭を抑えながら、低いうなり声を上げていた。


「……苦しそうですけど?」


「情でも湧いたか? だがあいつはやめておけ」


「嫉妬なんて、らしくないですよ」


「お前に寝返られると困るんでね」


 傍から見れば、魔神の方が優勢に見えるだろうか? しかし、相手が何をしてくるのかわからない以上、迂闊には仕掛けられない。


「今の状況は、オレの方が劣勢だ」


「強がって『五分ってところだ』とか言わないんですね」


「お前相手に格好付けても仕方ないからな」


「そんな風に言わなくても良いじゃないですか。で、相手これ、どうなってるですか?」


「オーバードーズだ。ヤロウ、あのロボットの後にも大量に物を奪取してやがった」


 オーバードーズ。過剰摂取という意味で合っているだろうか? あまり訊きたくない言葉だ。


「高レベルの物を奪取した後に来る苦しみから逃れるため、さらに物を奪取する。そうして一時苦しみは和らぐが、またすぐにより強い苦しみに襲われる。そうしてまた別の物を奪取する。その繰り返しを行った結果がアレだ」


「《プレイヤー》なりに生きづらさを抱えてるんですね」


 薬物中毒ならぬ奪取中毒とでも言うべきか。それじゃ盗難癖だ。


「けど過剰摂取なら、手当たり次第奪取するようになるんじゃないですか? 彼、どっちかって言うと吐き出しているように見えますけど」


「あれは揺り戻しだ。耐えきれなくなった分を吐き出してる」


《プレイヤー》は再び身体から溢れ出てきた物を、濁流のようにこちらへと飛ばしてくる。


 何を奪取したのやら、押し寄せてくる物はコンクリートの塊や木々といったいかにも硬そうなものばかりで、まるでこちらを押しつぶそうとでもしているかのようだ。


「この様子だと、放っておいたらその内自滅しそうですけどね」


 このままいけば、あの《プレイヤー》は力尽きること待ったなしだ。それならむざむざこちらから仕掛ける必要は無く、待っていれば勝てそうなものだが。


「いいや、あいつはオレが戴く」


「は? 戴くって……あの《プレイヤー》を奪取する気ですか?」


「経験値が美味いんでね。このチャンスに貰わない手はない」


 他の《プレイヤー》に、獲物を横取りされたくないのだろうか。魔神はあくまで攻めの姿勢でいくらしい。


 けれど、このままではあの《プレイヤー》を奪取したところで、遠巻きに見ている他の《プレイヤー》から漁夫られてしまわないだろうか?


 向こう見ずさの加減で言えば、魔神もあの《プレイヤー》と大差が無いようだった。それとも《プレイヤー》というのは全員こんな感じなのだろうか。


「無茶ですよ。今だってジリ貧じゃないですか」


 おそらく魔神の当初の目論見はこうだ。


 オーバードーズして、発狂状態にある《プレイヤー》に揺り戻しが起こるまで待つ。それからある程度相手が消耗したところに出て行き、相手の攻撃を凌ぎつつ、《プレイヤー》ごと奪取する。それが彼の考えていた策だ。


 しかし相手が一枚上手だった。あの《プレイヤー》の持久力・忍耐力は、魔神の想定していたそれを上回っていた。そのため、魔神は苦戦を強いられることになっているのだ。


「ここは一時撤退するのがいいと思いますけどね」


 このまま続けていたら、魔神はおそらく負ける。良くて相打ちだろう。彼には、あまり無茶をして欲しくない。何故かは知らないけど。


「……お前を何のために呼んだと思っている?」


「ですよねー……」


 うん。そう来ると思ってた。撤退を進言したのは、何となくこう来るだろうという予感がしたからでもある。


「それで、私は何を?」


「知らん。自分で考えろ」


「パワハラですよ、それ」


 自分から呼びつけておいて、ノープランはあんまりだろう。


 しかし外堀は完全に埋められてしまっている。魔神がやられれば、次は私だ。ここはなんとしても魔神に勝って貰わねばならない。


 そうしている間にも、次弾が飛来する。プレス機、あるいはロードローラーにでもなりたかったっていうくらい、質量の重い一撃。


 流石にこれはマズいんじゃない?


 と、思ったのも束の間。魔神は投げつけられた石材の塊を、影によって飲み込む。飲み込まれた塊は、綺麗さっぱり異次元に消えてしまう。


「すご。今のどうやったんですか?」


 私が訊いても魔神は答えない。息も絶え絶えといった様子だ。


「それより、お前は早く対策をしろ」


 ゼェハァ吐息を切らせながらも、尊大なのは変わらない。


 私はややムッとしながら、どうすれば状況を打開できるか思考を巡らす。


 まず今の状況は、あの《プレイヤー》が身の丈に合わない物を取り込みすぎたことによる。


 これはぶっちゃけ私のせいでもある。私があの巨大ロボ像を〝修復〟などしなければ、《プレイヤー》も自分のレベルを超えた物を奪取しようなどとは思わなかっただろう。なぜならロボにはロマンがあるから。


 それはそれとして。敵のあの強さは、要は奪取しだもののレベルが高いことにある。制御し切れていないとは言え、レベルの高い物を得られれば、自分自身も強くなる。至ってシンプルな話だ。


 ならば、そこに何か手を加えれば活路が見出せるかもしれない。


「わかりました。魔神さん、こういうのはどうでしょう?」


「お前ってば緊張感に欠けるよな。もしかして意外と肝が据わってるのか?」


「何か案を出せていったのはそっちじゃないですか。いいから耳を貸してください」


 しかし、ちょうど私たちの間に割り込むように、直方体に整えられた石の柱が飛んでくる。


「どうせ言ったところで今のあいつにゃ理解できねえ。そこで話しな」


「デバフですよ。デバフ」


「あン? デバフ?」


「そうです。相手のレベルが高いなら、そのレベルを下げればいいんですよ」


 魔神が首を傾げる。


「どういうことだ、そりゃ?」


「こういうことです」


 私は先ほど飛来してきた石の柱を〝修復〟する。


 するとその石の柱は、バラバラに砕け散ってから、元の彫刻や鉱物の形に戻っていく。


「量産された物は、希少価値が下がるんでしょう? だったら私が〝修復〟していけば価値を下げられる。そうでしょう?」


「お前……そうだな! ハハッ、やっぱりお前だってイカれてやがるじゃねえか!」


「私は普通です。魔神さんたちと一緒にしないで下さい」


 今しがたの〝修復〟でややレベルが下がったのか、次に飛んできた塊は、小石の礫のようだった。


 魔神は影を盾にして、その礫を防ぐ。そうして地面に転がった小石たちを、私は片っ端から〝修復〟していく。


 あの《プレイヤー》から放たれる物は、要は奪取された物たちの欠片だ。


 ならばその欠片を〝修復〟すれば、彼が奪取しだ物のレベルを下げることが出来るという算段だった。


 それに、物は奪取される過程、あるいは奪取されてから砕かれている。そこに〝修復〟されたもの、つまり奪取された物よりもレベルの高い同一の物が複製されればどうなるか? 答えは明白だった。


《プレイヤー》が飛ばしてくる物が、どんどん小さく、そして脆くなっていく。


 初めのうちこそ、投石ほどの威力があったが、もはや砂を飛ばしているのと変わらない。


 やがて私の背後に〝修復〟された物たちが積み重なってくる。どこから奪取したのか、植木鉢から財宝まで、様々な物が不法投棄された家電のように積まれている。


 そうして、《プレイヤー》の残弾が尽きる。


 身体を覆っていた黒い衣は剥がれ、《プレイヤー》はその場にくずおれた。


「ふん、女かよ」


 力尽き、表したその姿は、成人女性のものだった。


「女と子供は手に掛けない主義とかだったりします?」


「んなわけねえだろ? お前も今の見てただろ」


 魔神は倒れ伏す《プレイヤー》の身体に手をかざす。


「宣言通り、こいつはオレが戴く」


「その言い方、なんかやらしー」


「…………」


 遂に何も言わず、彼は奪取を行う。


 すると女の身体は光の粒子のようになり、魔神の身体へと吸い込まれていく。


「何か妙にエモい感じですね、これ。魔神さんのことだし、もうちょっと禍々しい感じになるかと思ってましたが」


 影の沼に沈めるみたいな、もっと危うげな奪取を想定していた。


「知らねえよ、そんなの」


 戯言に付き合っていられるか、ともはや呆れた様子。やれやれ、私を上手く扱えないとは、彼には困ったものだ。


「ちなみに、取り込んだ人が別人格として表れるとかないですよね? それか亡霊みたいなものが見えるようになったりとか」


「ねえよ。たぶんな。仮にもこのオレが、乗っ取られるタマだとでも?」


「あ、そこは心配してないので大丈夫です」


 彼が悪魔憑きよろしく、何者かに乗っ取られる様は確かに想像しがたい。


「だったら、今回の件はこれで終わりですか?」


「まだ戦いは始まったばかりだがな」


「じゃあ魔神先生の次回作にご期待しておきます」


 見たところ、私たちを観戦している他の《プレイヤー》の姿はない。


 ここで新たな二人組が登場するとか、私たちの実力を測っている謎の機関とか、そういった連中の心配はしなくても良さそうだ。


 ちょっと待て。でもそれだと、次の展開への引きが無いではないか。


 だから、私が作ることにする。


 帰り際。私は気付いてしまったのだった。


 私の身体が、少し透明になっていることに。

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